[ オピニオン ]
(2017/5/4 05:00)
日本国憲法の施行から70年となる3日の憲法記念日に、新聞各紙は社説でさまざまな主張を展開した。安倍晋三政権が改憲を目指しているとされるだけに、議論百出は当然といえよう。ただこうした中で、産業界の意見はあまり聞かれない。というより、なかなか本音を言いたくないのが実情のようだ。
経団連の榊原定征会長は昨年7月の参院選後、憲法改正について「必要に応じて見直すことは否定されるものではない」と前置きしつつ「最重要課題はデフレ脱却・経済再生であり、経済最優先で取り組んでほしい」と政府に要望した。安倍首相と共同歩調をとる同会長が、政府をけん制するともとれる発言をしたことは意外に受け止められた。経団連会長という役職を離れて個人の立場だったら、改憲慎重論であるのかもしれない。
経団連はかつて、奥田碩会長(トヨタ自動車会長=当時)のもとで「わが国の基本問題を考える」という提言をまとめた。当時の産業界が意見集約をはかったもので、憲法については「綻びが目立つ」「第9条にみられる規定と現実の乖離」「質的に機能していない違憲立法審査権」「多くの解釈改憲がなされ、解釈がさらなる制約につながっているが、これ自体が民主の理念に反する」など、厳しい評価を下している。それでも「憲法を改正すべし」とは主張していない。「新たな国の針路に関して国民的な議論を行った上で、合意を形成すべきである」という意見にとどまる。
以上から読み取れることは、産業界のリーダーは現行憲法の不備を認識している。しかし産業界が突出して改憲を主張することは避けたいと考えている-ということである。
産業界の中核には大手の武器メーカーがあり、通信やソフトウエアなどでも防衛向けが重要な地位を占めている。安易に改憲を主張して「死の商人がもうけようとしている」と批判されるのは、本意ではないのだろう。
それだけではない。産業界のリーダーに話を聞くと、もっと純粋に平和憲法を支持している人が少なくないことに気づく。とくに戦争経験世代には、そうした傾向が顕著だ。戦争経験といっても、実際に戦場に行った人はごくわずか。子ども時代に空襲警報におびえ、逃げ惑った人が現在は名誉会長や相談役として重きをなし、「憲法改正は必要かも知れないが、先走って口にするな」と、後輩である現役経営者ににらみをきかせている。そうした構図がうかがえる。
言うまでもなく安倍首相は戦後生まれ。政界の方が産業界より世代交代が早い。産業界がモノ言わぬのは、戦争経験者がいまだに実力を持っている証なのか。すでに武器輸出3原則が撤廃されて兵器産業は“日陰の身”ではなくなった。周辺諸国との緊張が高まる中で国民の意識も変わりつつある。世代交代が進めば、企業トップが「必要なこと」を主張し始めるだろうか。戦後70年の時点では、まだ見通せない。
(加藤正史)
(このコラムは執筆者個人の見解であり、日刊工業新聞社の主張と異なる場合があります)
(2017/5/4 05:00)