[ 機械 ]
(2016/10/21 17:30)
◇名古屋大学 工学研究科 機械理工学専攻 准教授 鈴木教和
はじめに
欧州ではインダストリー4・0(第4次産業革命)と呼ばれる戦略的政策のもと、「スマートファクトリー」の実現を目指した産官学一体のプロジェクトが活発化している。モノのインターネット(IoT)活用などにより収集された情報を知的に利用するなど、次世代ものづくり体系の整備を目指した取り組みである。時を同じくして、北米においてもIndustrial Internetと呼ばれる取り組みが提唱されており、日本でも同様の取り組みが注目度を増している。
最近何かと話題になっている3Dプリンターは、次世代ものづくりにおいても積極的な活用が期待されている。CADデータさえあれば誰にでも容易に造形をすることができる装置がすでに数多く販売されており、熱溶解積層方式(一般にFDM方式と呼ばれる)や、光造形方式(SLA方式)、粉末焼結積層造形方式(SLS方式)、インクジェット方式など、実にさまざまな方式が用途に応じて利用されている。プラスチックだけでなく、金属などでも積層造形することができ、切削加工を組み合わせた複合加工によるユニークな加工技術も市販されている。これらの技術は、医療分野における臓器モデルなどの製造や、プラスチック製品の試作、金型製造の分野などを中心に実用化がすすめられている。確かに、古典的な加工方法では製作できないような複雑構造を手っ取り早く造形することができる(図1)点で、その意義は大きい。
一方で課題も多い。熱を利用する造形方式では、素材の熱変形の影響で造形精度や品質などが低下しやすい問題がある。また、積層造形する性質上、造形物の表面には数十マイクロメートルオーダーの“積層段差”と呼ばれる凹凸面が形成される。多くの場合はその後処理加工が必要となる。また、製造コストやリードタイムなどの観点においても、従来の製造技術にはまだまだ及ばないケースが多い。このため、近い将来においては期待するほど広く普及する状況にはならないかもしれない。
それでは、次世代ものづくりにおいて主役となる加工技術は何であろうか。現代のものづくりにおいて、切削加工は最も重要な基盤技術の一つであることは言うまでもない。次世代のものづくりにおいても、おそらくこの事実は変わらないであろうと著者は考える。このため、次世代にふさわしいスマートな切削技術が求められており、同時に、工作機械に対してもスマートな切削を実現するための革新的な変化が求められている。世界中でインダストリー4・0を志向した戦略的な取り組みが始まった今、我が国においても「スマートファクトリー」に寄与する世界最高水準の次世代切削技術・工作機械技術を世界に先駆けて実現しなければ、日本の製造業に将来はないといっても過言ではない。それでは、次世代のものづくりを支える切削技術とは何であろうか。これを支える工作機械技術とは何であろうか。以降では、これからの切削技術と工作機械技術について展望したい。
切削加工の高度化
切削技術の歴史的な変遷を振り返る。過去10-20年程度の間に、例えば新規素材の加工技術、低環境負荷加工技術、高能率加工技術、高精度加工技術、多軸加工機・複合加工機を用いた複雑形状の加工技術などが飛躍的に進化してきている。また、10年程度前までは超精密微細加工技術への期待が大きく、実に多くの研究者が取り組んできた。これらの研究開発によって、精密部品や金型などの製造技術が進化し、超精密微細形状を必要とする光学デバイスなどが飛躍的に発展してきた。従来は不可能と考えられていた鉄系材料のダイヤモンド切削なども、今では超音波振動を利用することで実現されるようになった(図2)。一方で、近年は大手の工作機械メーカーが次々と超精密加工機から撤退するなど、ややこの分野への技術的な注目度は低下してきているようにも見える。
最近の10年では、超精密微細加工とは対照的に、低コスト化やリードタイム向上をもたらす、高能率切削技術への注目が高まってきていると筆者は感じている。切削加工の高能率化を実現する手段としては、高速切削や、多軸同時加工、高圧クーラントの活用などさまざまなアプローチがあるが、中でもびびり振動への注目度が高い。昨今の過酷な生産コスト競争に伴い高能率化技術を追求してきた結果、工作機械技術や工具技術が飛躍的に向上したことにより、びびり振動が生産のボトルネックとなるケースが増加しているせいではないかと想像する(図3)。びびり振動は、加工プロセスと機械構造の動的挙動が相互に作用して発生する不安定現象(自励振動)である。
エンドミル加工を例にとり、びびり振動の原理と特徴について簡単に解説する(図4)。加工中にびびり振動が生じると、前刃の加工面に残った起伏を次の刃が振動しながら削ることにより切取り厚さが変動する“再生効果”が生じる。切取り厚さ変動が生じると、これに同期して生じる切削力変動が工具や被削材などの機械構造が加振し、再び振動を生じながら切削を行う。このサイクルを繰り返す過程で振動振幅が成長する自励現象がびびり振動である。このタイプの振動は、いったん発生すると大きな振動に成長することが多く実用上問題になりやすい。なお、強制振動と混同されているケースが多いが、びびり振動と強制振動は全く異なる原理に基づいており、それぞれに対する対処法も異なる。このため、実用的には区別して考えるべきである。
びびり振動は、一般に機械構造(工具やワーク、工作機械本体など)の動剛性の不足に起因する。このため、最初に考えるべき対応は、動剛性の改善である。もしその改善が見込めない場合には、工具や加工条件の修正による対応を試みることになる。しかし、びびり振動は極めて複雑な現象であり、これが工具や加工条件の適切な選定を困難にしている。本格的に解決するには、一般に、専門的な機器を用いた計測作業を行い、これらの分析情報を元にびびり振動を回避する指針を検討する(図5)。ただし、これらの計測・分析作業には、それなりに高度な知識と熟練作業を要する。また、解析ソフトウエアも高価であることから、多くの現場では、作業者の経験と勘に頼らざるをえないのが実情である。
一方、測定されたびびり振動の周波数から適切な主軸回転数条件を簡易的に概算する方法が昔から知られている。この方法を応用し、振動センサーから検出される加工中の異常振動を分析することにより、主軸回転数を変更してびびり振動を自動回避する先進的な工作機械技術が、一般の加工現場でも利用されつつある。また、びびり振動が生じにくくなる工具技術や多軸加工技術などが研究開発されている。近い将来には、後述するような先進的な工作機械技術と融合することで、さらに便利なびびり振動抑制技術が利用できるようになると思われる。
切削加工を支える工作機械技術の進化
最近のMC・NC工作機械の開発動向によると、振動センサーやビジョンセンサー、温度センサーなどさまざまなセンサーを工作機械に付与する、IoTを志向した工作機械技術の開発が活発に進められている。計測情報を利用した機械学習などにより新たな付加価値の創出が期待される一方で、センサーの数とデータ量が爆発的に増加するなどの問題も懸念されている。インダストリー4・0を志向した、従来を凌駕する次世代型の切削技術を実現するには、既存のセンサーの単純利用からは得られない“価値の高い情報”を抽出する知的なモニタリング技術が、今後重要になると考える。センサーを増やさずに“価値の高い情報”を得る技術の一つとして、オブザーバー技術が注目されている。工作機械のサーボ系におけるモーター推力と移動体の加速度情報から、サーボ系に入力される外乱力を推定する技術である。筆者の研究グループでは、さらに切削理論とオブザーバー技術を融合することにより、モデルベースで高度なプロセスモニタリングを実現する新手法を提案している(図6)。この手法では、工作機械のサーボ系の内部情報から、サーボ系に入力される外乱力を推定する。さらに推定された外乱力から、工具―工作物間に作用する切削力と機械構造の伝達特性を推定する。切削力と伝達特性を分析することで、加工システムの状態を代表する“価値の高い情報”(例えば工具摩耗量やびびり振動に対する安定性など)を推定することができるようになる(図7)。熟練工が五感を研ぎ澄まし、長年の経験に基づいて感じ取るような情報を、工作機械自らが自動的に推定するわけである。
内閣府が主導する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)革新的設計生産技術においては、切削技術および工作機械技術の高度化を推進する研究プロジェクトが複数採択されている。著者らのグループは、慶應義塾大学、名古屋大学、東京工業大学、中村留精密工業、ニコン、ピーマック・ジャパンとの共同プロジェクトとして参加しており、上述した工作機械の知能化を実現するプラットフォーム技術の開発と、次世代工作機械にふさわしい多軸複合加工技術の実現を目指している。日本発の「スマートファクトリー」を実現する工作機械の知能化技術・多軸複合加工技術としての今後の発展を期待したい。
おわりに
次世代ものづくりにおいて必要とされる切削技術と工作機械技術について、個人的な見解を述べた。世界的な潮流を俯瞰すると、切削技術においては、高能率化の妨げとなる“びびり振動”の抑制・回避技術が今後発展すると予想される。工作機械技術においては、IoT活用を志向した知能化技術が進化すると思われる。特に、“価値の高い情報”を得るプロセスモニタリング技術の実現が大きな意味を持ち、切削技術のさらなる高度化に対しても、直接的に寄与することが期待される。国際的にも、やはり同様の研究・開発が今後活発になることが容易に想像できる。我が国においては、産官学が一体となり、海外に先駆けて先進的な取り組みを戦略的にさらに強化するべき時期に来ているのではないだろうか。
(2016/10/21 17:30)