[ オピニオン ]
(2017/5/9 05:00)
死者の魂を呼び起こすことを反魂(はんごん)という。ひいては起死回生を意味するこの言葉を冠した薬が「反魂丹(はんごんたん)」。これにまつわる江戸城中の腹痛事件が面白い。急病を患った大名に越中富山藩主の前田正甫(まさとし)が持薬を与え、たちどころに治した。
海音寺潮五郎は『日本名城伝』(文春文庫)でこう描く。〈「なんとよくきく薬。なんという名前でござる」と大名は聞いた。薬の名前なぞなかったのだが、正甫はとっさの機転で、「反魂丹と申す。拙者の家に伝わる秘方によって製したもの」〉。
名薬との評判が広まり、正甫は貧しい藩の産業振興策として城下の薬屋に作らせ、諸国を行商させた。史料の裏付けがない逸話だが、富山の薬売りの由来として今日に伝わる。
そんなルーツを持つ富山県の製薬業が活況だ。先頃まとまった薬事工業生産動態統計で2015年の医薬品生産額が初の全国トップに立った。普及が進むジェネリック医薬品(後発薬)の増産が理由のひとつ。
史実の反魂丹は江戸期以前に唐から処方が伝来しており、前田家の秘伝ではなかった。つまり当時のジェネリック。かつて越中富山藩を起死回生させた後発薬が、再び富山県に魂を吹き込む。産業史の奥深さを感じずにはいられない。
(2017/5/9 05:00)