[ 機械 ]
(2019/7/24 10:00)
マスカスタマイゼーションを実現するスマートファクトリーを志向した取り組みが加速している。IoT(モノのインターネット)は重要なキーワードであり、収集されるデータの質が注目を集めている。工作機械においては、単にセンサー信号のデータ収集機能を持つIoT端末としてではなく、高度なデータ解析能力を備え、真に必要なデータを抽出する知能の実装が必要とされている。ここでは、次世代の工作機械に要求される先進的な知能化技術について考えてみたい。
名古屋大学大学院 工学研究科 航空宇宙工学専攻 准教授 鈴木 数和
マスカスタマイゼーションに期待
ドイツの「第4次産業革命=インダストリー4・0」の提唱に始まり、世界各国でモノづくりの付加価値を向上する取り組みが加速している。わが国においてもIoTを活用する「スマート工場=スマートファクトリー」や「つながる工場=コネクテッド・インダストリーズ」が注目され、政府主導で「ソサエティー5・0」と呼ばれる超スマート社会の実現が提唱されている。
これらの時代の流れに伴い、製造業においては「マスカスタマイゼーション」の早期実現が期待される。すなわち、個々の顧客のニーズに合わせて、超多品種少量生産を従来の大量生産と同等のコスト・品質で実現し、短納期も同時に満たさなければならない。
そこで脚光を浴びたのが3Dプリンティングである。プラスチック素材だけでなく、複合材料や金属材料の積層造形においても実用化が進められており、さまざまなモノづくりの現場で活用されている。造形精度や品質管理、後処理加工など、課題が多いのも事実ではあるが、その技術発展と、さらなる普及に疑いの余地はない。
一方で、これらの新技術が従来の機械加工技術にそのまま置き換わるわけではない。従来の工作機械を用いる機械加工においても「マスカスタマイゼーション」の実現が要求されている。
コンピューティング能力が重要
スマートファクトリーでは、コンピューター上のサイバー空間と現実世界のフィジカル空間が連携してシステムを自律的に最適化するサイバーフィジカルシステム(CPS)の活用により、まさに「賢い工場」の実現が期待されている。
工作機械はスマートファクトリーの末端の製造現場階層に存在する機械、すなわちエッジであり、「自動化、工程集約、知能化、見える化」などの先進技術が注目されてきた。これからのスマートファクトリー時代においては、強力なコンピューティングにより先進的な機能を付与する知能化技術が特に重要である。
スマートファクトリーのエッジとして知能化技術を備える工作機械には、組み込みシステムの域を超えCPSが実装される。工作機械に適用されるCPSのイメージを図1に示す。機械には数多くのセンサーが組み込まれ、さまざまなデータが収集される。
CPSはその収集データを解析して、機械やプロセスの特徴量や状態量を抽出・予測する。その結果を活用して、サーボ調整や熱変位、びびり、衝突、幾何誤差などの各種問題の影響を最小化するように工作機械自身が判断して対策を実行する。
例えば、振動センサーが振動を検出すると、機械に実装された組み込みシステムがこれを分析して回転数を変更するなどの回避行動を実行する。同時に、抽出データをフォグやクラウドと呼ばれる上位のネットワーク階層に出力し、上位階層による人工知能(AI)などを活用したプロセス最適化のための参考情報として利用する。ここで重要なのは、エッジ機器のデータ収集能力とこれを解析するコンピューティング能力である。
切削加工において、切削力の情報は極めて重要な知見を与える。切削力を解析することで工具損耗などの加工品質に影響を与える状態を監視することができるためである。切削力センサーは極めて高価であるため、サーボ軸のモータートルク情報がよく活用される。
この方法は原理的に動的成分の定量推定には不向きなため、最近は外乱オブザーバーと呼ばれる推定手法が注目されている。サーボ系の内部情報を利用するだけで動的外乱力(≒切削力)を推定することができる点で利用価値が高く、実用化技術の確立と実機への組み込みが期待されている。
加工品質の推定も可能
最近では、市販ソフトウエアによるオフライン計算で簡易的に切削力や振動の安定性を推定し、加工条件を最適化する解析技術が普及しつつある。さらに、切削のような複雑な現象に対しても、デジタルツインと呼ばれるコンピューター上の仮想プロセスモデルを利用して精度よく高速推定する技術が検討されている。
筆者らのグループでは、外乱オブザーバーと切削シミュレーションを組み合わせたCPSの開発に取り組んできた。図2にその概念図を示す。切削力変動が機械構造に作用し、その影響で生じる振動が再び切削力変動に影響する。この複雑なメカニズムが振動問題を引き起こす。
機械構造に伝わる外乱力を外乱オブザーバーにより推定し、同様の推定を実現し得るデジタルツインを育成する。図3は仮想的な切削シミュレーションにおける推定値が外乱オブザーバーと一致する事例を示している。図4は同手法により準リアルタイムで加工プロセスに関連する特徴量を同定した例である。これらの特徴量は加工プロセスの状態を判定する上で極めて重要な情報をフォグやクラウドに与える。
さらに、デジタルツインを利用して仮想的に加工品質(粗さや加工誤差など)を推定することもできる。
工作機械はIoT端末へ
このような技術によってエッジでのヘビーなコンピューティングにより抽出される特徴量は、従来、計測せずには得られない情報であり、加工や機械状態の健全性を示すデータとして活用が期待される。
次世代の工作機械の知能化技術はまさに新しいIoT端末として、計測のあり方や生産管理の概念を覆し、マスカスタマイゼーション時代の強力なツールとなる。今後、スマートファクトリーに新しい息を吹き込む革新的な知能化技術が次々と開発され、マスカスタマイゼーションによる早期の超スマート社会の実現に期待したい。
(2019/7/24 10:00)