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深層断面/日本のAI戦略、“反転攻勢”できるか−「量より質のデータ」に活路

(2016/8/17 05:00)

  • 大阪広域水道企業団の村野浄水場(大阪府枚方市)

囲碁のチャンピオンを破るなど急速な発達を遂げている人工知能(AI)。この分野で先行する米国企業が応用先を医療やロボット、自動運転車などにも広げつつある。反転攻勢に出たい日本。AI開発に「量より質」にこだわったデータを生かすなど、日本ならではの取り組みも芽生えつつある。(平岡乾)

《米IT企業先行に危機感》

「これで負けたら、日本はすべて負ける」―。3月末に自民党が安倍晋三首相の直轄組織として設けた「人工知能未来社会経済戦略本部」。山際大志郎事務局長(衆議院議員)によると、同本部はそんな危機感に包まれていたという。

■ハード進出

  • 米グーグルの自動運転車(ブルームバーグ)

念頭にあるのはグーグルやフェイスブック、IBMといった米IT企業だ。検索サービスやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)などインターネット上のサービスで培ってきたAI技術を引っさげ、日本が得意としてきたハードウエア分野に進出する動きが相次ぐ。

象徴的なのがグーグルで、自動運転車やロボット分野の企業の買収を重ねてきた。2014年に住宅用の温度制御機器を手がける米ネストを買収し、16年5月には音声で照明や家電を操作できる「グーグル・ホーム」を発表。活動の場をサイバー(電子)空間からリアル(現実)空間に広げる動きが顕著だ。

一方、15年11月に自社のAI「TensorFlow」をオープンソース(無償公開)とした。AIは無料として普及を促しつつ、リアルデータの収集に腐心しているようだ。

現在主流のAI技術「機械学習」は、ビッグデータ(大量データ)を取り込むことで分析精度性能を高める。例えば、人間の顔の画像データを大量に取り込むことで、顔認識の精度が高まる。こうして今やAIは人間自身による顔の認知能力をも凌(しの)ぐようになった。

ハードの世界に進出するにあたり、次の照準はリアルデータ。IBMも米テレビ番組のクイズ王を破ったAI「ワトソン」を、銀行のコールセンター業務や病理診断など医療分野などの業務に応用する考え。日本を含む世界各地でリアルデータを集める構想が進む。

《生活習慣病の改善・予防に活用/糖尿病患者向け、少数データで学習》

翻って日本は「質の高いデータ」で差別化を狙う。この点で際立っているのが、経済産業省と厚生労働省が生活習慣病の改善や予防にAIを活用する取り組みだ。

トヨタ自動車や野村証券、コニカミノルタ、埼玉県の自治体などを含む八つの団体がこの事業に参加する。9月から、これらの企業や団体に所属する糖尿病軽症者が歩数や体重、血圧などを毎日測るほか、糖尿病の指標となる健康データを毎月集める。

■時系列で収集

こうして生活習慣が症状改善にどのくらい寄与したかが時系列で分かるデータセットを集め、AIの学習に生かす。最終的に糖尿病のタイプや個人の生活習慣の傾向を考慮し、無理なく続けられる生活習慣の改善案を提示できるようなAIの実現を目指す。

被験者の数は800人足らずと、ビッグデータと呼べるほどの規模ではない。一方、今回の取り組みは対象を糖尿病軽症者に限定した上、「同一人物のデータを何年にもわたって蓄積できる」と、経産省ヘルスケア産業課の江崎禎英課長は話す。

生活習慣病は運動や食事、睡眠、ストレスなど複数の要因が絡み合うため、因果関係を特定しにくい。タイプによって食事改善が効く場合があれば、運動の方が適している場合もある。

そんな疾患を分析するAIの実現には、学習プロセスの初期段階で、ある程度条件をそろえた質の高いデータの活用が欠かせない。逆にビッグデータでも健常者が混じっていたり、時系列で追えない分断されたデータが混じっていれば、「一定の分析精度に達するが、それ以上は難しい」(江崎課長)という。

こうしてAIをある程度育てた上で、ビッグデータを活用する。次の応用先は糖尿病予備群や高脂血症、高血圧の患者。より因果関係が複雑なものへと対象を広げていく。

《新社会像「ソサエティー5.0」構築/水インフラ老朽化を解決》

■少子高齢化

少子高齢化やインフラの老朽化など、多くの先進国が抱える課題にいち早く直面している日本は「課題先進国」といわれる。だが、これを逆手にとり、AIやIoT(モノのインターネット)を活用して新たな社会像「ソサエティー5.0」を構築し、諸課題の克服を目指そうとする動きも生じている。

先陣を切るのが全国の水道施設だ。設備の老朽化が進んでいる上、人口減少に伴う収入減で事業所の経営体力も削られている。そんな中、青森県や岩手県、大阪府、香川県の水道事業所団体が経営の効率化にAIやIoTを活用する取り組みが始まった。日立製作所やNTTデータなども参加する。

20年ごろまでにAIがポンプなど設備の故障検知や水質管理などの一部を担う仕組みを実現したい考えだ。水道事業所内にはきめ細かい情報が書き込まれた日報など、「質の高いデータ」が眠っており、これをAIの学習に生かす。

課題は事業所ごとに機器のメーカーが違うため、データ形式などに互換性がないことだ。そこで標準インターフェースを決めるなどし、事業所間で情報を共有できる「つながる水インフラ」の実現を目指している。

データの共有は、他のインフラや工場などでも共通の課題として挙げられる。ただ、営業秘密の流出などに絡むため、実現の壁は高い。

■連携を後押し

そんな中にあって、需要減や設備老朽化の双方に直面している水インフラ分野では、水道事業所で共有する危機感が連携を後押しする。ベテラン職員も減っている現状では、AIにより自動化が進んでも雇用問題に発展しにくい。

7月中旬、AI研究の第一人者で、トヨタ自動車の米国AI研究拠点のトップを務めるギル・プラット氏が東京都内を訪れ、産業界のトップや省庁幹部と意見交換した。そこで同氏は、「欧米ではAIやロボットには雇用喪失の懸念がつきまとうのに対し、少子高齢化が急速に進む日本では問題になりにくい。少子高齢化はむしろ好機なのではないか」と繰り返した。

水インフラでIoTやAIの活用が軌道に乗れば、これをソサエティー5.0の先行モデルとし、「電力やガスなどのエネルギーインフラにも応用先を広げる」(経産省)方針だ。

(2016/8/17 05:00)

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