(2021/3/22 00:00)
21世紀になり、半導体業界を騒がせているのが偽造品問題だ。廃棄品を再利用したり、パッケージを再刻印したりすることでメーカー名や品質を偽った半導体が出回っている。
越境ECが盛んになったこともあり偽造品は増え続け、年間流通総額は750億ドルともいわれている。
半導体はパソコンやスマートフォンなどデジタル家電のみならず、通信や電力などインフラを支えるあらゆる機器に搭載され、その搭載量も増え続けている。偽造品が横行すればメーカーの経済的被害やブランドの毀損のみならず、ユーザーの生命をも脅かしかねない。対応が業界の喫緊の課題になっていた。
こうした状況に一石を投じることになりそうなのがブロックチェーン(分散型台帳)だ。世界中のどこからでも大量のデジタル取引を自動的に検証可能な形で記録できる。透明性が高く、改ざんも難しい。この特性を使って、製造履歴やサプライチェーンを把握しようと業界団体が動き出している。
製造業のESG経営の徹底に最適
ブロックチェーンは仮想通貨の安全性を確保するために開発された技術であることは広く知られている。
近年になり、仮想通貨以外にも幅広い業種や用途で応用が期待されている。これまではブロックチェーンと無縁と思われてきた製造業界でも関心が高まっている。
「製造業からは、ESG(環境・社会・企業統治)の徹底にブロックチェーンを使えないかという相談が目立ち始めている」。SBI R3 Japanの山田宗俊ビジネス開発部長は最近の動向を語る。
山田部長がキーワードに挙げるのが「原本性」だ。例えば、これまで多くの企業が紙での受発注取引から脱せないのは紙の「原本性」が持つ信頼性にあった。紙はやりとりに手間はかかるが、サインや捺印があれば事実証明になる。「ブロックチェーンを使うと、データであってもその原本性を複数の企業間で担保することができる。改ざんも難しいので、取引関係も含めて自社の経営の透明性を利害関係者に説明しやすい。トレーサビリティを重視する今の時代のニーズにも非常にあっている」。
トヨタグループも採用
SBI R3 Japanはブロックチェーンの企業向け技術を開発する米R3のプラットフォーム「Corda(コルダ)」を国内で提供している。
ブロックチェーンの仕組みはいくつも生まれている。コルダは金融機関同士の相対取引での改ざんを防ぐ仕組みをどう作るかという現場目線から生まれた背景もあり、プライバシーの高さが特徴だ。
通常、ネットワーク参加者がデータを共有するブロックチェーンでは、ある企業間取引を、その取引に関係しない会社も把握できてしまう。だが、コルダの場合、多くの企業がネットワークに参画していても、その中での二社間の取引は当事者しかわからない仕組みになっている。
こうした、取引の透明性の高さと高度なプライバシー性からコルダは金融、貿易、不動産、エネルギー、ヘルスケアなど幅広い産業分野で世界中で採用されている。
そして、日本国内でもコルダを使って改革に着手した会社がある。山田部長は「世界最大の自動車メーカーのトヨタグループだ。グループ間取引を手がける豊田通商システムズが商取引のデジタル化を進めている」と語る。
豊田通商システムズは、電子契約を始めとする商取引を実施できるクラウドサービス「TBLOCK SIGN」の提供を開始した(https://www.ttsystems.com/tblocksign)。「これにより、印紙や郵送代などが不要になり、1社あたり年140万円、500社が導入すると年7億円のコスト削減を実現する試算だ。契約締結までの期間もこれまで5日かかっていた契約が10分と720分の1に短縮できる可能性もある。
契約管理にとどまらず、見積・請求書発行、受発注、精算にまで、コルダの活用を見据えている」と説明する。また、本システムが導入されれば、グループ内の事務の合理化と同時にサプライチェーンのトレーサビリティの可視化もできるだろう。ブロックチェーンは製造業にとって取引の透明性向上やコスト低減の強力な武器になる。TBLOCK SIGNは近い将来、グローバル対応する予定だ。個人情報等を自国内で保持することを義務付けたデータ規制国との電子商取引も可能になる。
社会全体のコストを下げる要として
日本政府はデジタル庁を2021年の秋にも創設する方針だ。首相の直轄組織として、各府省のシステム統一を進める。行政のデジタル化が進めば、日本国内のブロックチェーンの行政システムの導入議論にも弾みがつくはずだ。海外では納税や出生証明をブロックチェーンですでに管理している国もある。
行政が変われば日本全体も自ずと変わる。SBI R3 Japanの藤本守社長は「私たちのゴールは社会全体のコストを下げ、社会全体の効率化に資すること。あらゆるムダをなくす一つの手段としてブロックチェーンを積極的に提案していく」と強調する。
藤本社長は日本の企業社会では前例踏襲による弊害が少なくないとも指摘する。「企業や団体の垣根をこえて情報を共有できる仕組みをつくれば、各社がシステムをそれぞれつくって、つなぐよりも、コストを下げられる。個社ごとに同じようなことを古いシステムで手がけている現状は、社会に大きなムダを生んでいる」と語る。
ブロックチェーンを導入するには企業の初期投資は軽くないように映るかもしれない。だが、ブロックチェーンは個社で利用するものではない。取引相手があって初めてメリットが生まれる。トヨタグループのようにグループ全体で利用したり、個社でなく、業界団体が主導して業界全体の課題解決として使ったりすれば、利用する一企業の負担は下がる。例えば、2020年10月にSBI日本少短が商用利用を開始した代理店・募集人管理基盤システム「STATICE(スタティス)」は少額短期保険業界全体がメリットを享受できる仕組みを目指している。
SBIホールディングスプレスリリースより引用(https://www.sbigroup.co.jp/news/2020/1027_12174.html)
個々の企業が一歩踏み出すことが業界を動かし、企業社会を大きく変える。ブロックチェーン、そして、コルダはその可能性を秘めている。
(2021/3/22 00:00)