[ オピニオン ]
(2017/2/13 01:00)
オリバー・ストーン監督の映画「スノーデン」が、1月27日から劇場公開されています。米国家安全保障局(NSA)による個人情報の大量収集と国民監視の実態を2013年に告発した元米中央情報局(CIA)、元NSA職員のエドワード・スノーデン氏の証言に基づき、社会派のアカデミー賞監督が政府の暗部に切り込んだ問題作。エンターテインメント的な側面もあるにはありますが、それより、この映画から得られる教訓はかなり大きいものでした。
「スノーデン」では、「テロの脅威から国の安全を守る」という大義名分の下、大手IT企業の協力を取り付けながら、令状なしで大量監視を行い、それを元に特定の個人を追い込み、結果的に意のままに操る情報機関の不気味な存在が描かれます。一方で、スノーデン氏がNSAからどうやって機密情報を持ち出したのか、ジャーナリストと密会した香港のホテルからいかに脱出したか、といった映画ならではのスリリングな展開にハラハラしつつ、ちょっとしたサプライズも用意されています。
これに対して、しょせん映画だし、インテリジェンス(諜報活動)が発達した海の向こうの出来事、と冷ややかに受け止める向きも当然あります。ただ、デジタル時代を生きる我々にとって、こうした大量監視は無縁とまでは言い切れません。
民間のサービスであっても、無料のウェブメールやSNSは第三者に読まれていることを前提に付き合った方がいいでしょうし、それどころか、一定の個人情報をサービス提供者に差し出すことが高度なITサービスを受けることの対価だとの考えも根付いてきています。とはいえ、つい先日には、新興テレビメーカーの米ビジオがユーザーのテレビ視聴履歴を勝手に記録し、IPアドレスと紐づけて外部に販売していたという事実が判明し、米国では大きな問題として報じられています。
情報機関の役目は情報の収集にとどまりません。例えば、映画では2009年に、本来はNSAに所属するスノーデン氏が、ある有名企業から派遣されたエンジニアと身分を偽って日本の横田空軍基地に勤務していた頃の話が出てきます。そこで米側は日本国民の監視について日本政府に協力を求めたものの、結局は協力を断られ、米国はそれでも監視を続行したことになっています。
さらに、メキシコ、ドイツなどとともに、日本が万が一、米国の同盟国でなくなった場合に備え、スノーデン氏が発電所、ダムといったインフラ施設に機能障害を及ぼすマルウエア(悪意のあるソフト)を仕掛けるシーンも。あくまで彼の証言によるもので、確認のしようはありませんが、背筋の寒くなるような話です。
折しも、そんなスノーデン氏をめぐって、亡命先のロシア政府が米国への身柄引き渡しを検討しているもようだと米NBCテレビが10日報じました。米国で政権が交代したことを受けて、プーチン大統領を褒めそやし、ロシアとの関係改善を進めようとしているトランプ大統領への「贈り物」だということです。トランプ氏は就任前の昨年7月の段階で、スノーデン氏を「完全な裏切り者で、引き渡されれば情け無用で対応する」と発言していましたし、あり得る話でしょう。米連邦法上、有罪となると最低30年の禁錮刑に処せられるそうです。
色白でシャイなコンピューターオタクで、同僚から「スノーホワイト(白雪姫)」と呼ばれた高校中退の天才エンジニアは、果たして国家の裏切り者か、それとも英雄なのでしょうか。ただ、1972年の米国のニクソン政権で起きたウォーターゲート事件のように、政府内の匿名人物がメディアに情報をリークしたのとは違い、スノーデン氏の場合は名前と肩書きを表に出して告発しています。これには、専門的な技術用語が多数使われ、あまりに大掛かりなスキャンダルだけに匿名だとメディアが信じてくれないかもしれない、あるいは同僚が疑われることで迷惑をかけたくない、といった意図や覚悟もあったはずです。
「人々の通信の安全が守られることは、非常に重要なことです」。機密文書を英ガーディアン紙でスクープしたジャーナリストのグレン・グリーンウォルド氏は、『暴露 スノーデンが私に託したファイル』(新潮社刊)の中で、スノーデン氏が接触してきた時のメールの書き出しをこう明らかにしています。
そして、彼から託された文書には、名前や所属とともに「私は自分の行動によって、自分が苦しみを味わわざるとえないことを理解しています。これらの情報を公開することが、私の人生の終焉を意味していることも。しかし、愛するこの世界を支配している国家の秘密法、不適切な看過、抗えないほど強力な行政権といったものが、たった一瞬であれ白日の下にさらされるのであれば、それで満足です。あなたが賛同してくれるなら、オープンソースのコミュニティに参加し、マスメディアの自由闊達な精神の保持とインターネットの自由のために戦ってください」と述べられていました。
実際、機密を暴露したことで世論が盛り上がり、当時のオバマ大統領は政府機関による大量データの情報収集の停止を宣言し、NSAに協力していたIT企業も政府機関と距離を置くようになりました。2015年12月にカリフォルニア州サンバーナディーノで起きたテロ事件の捜査で、連邦捜査局(FBI)による犯人のiPhoneのロック解除要請をアップルが頑なに拒んだのも、その表れといえます。
裏切り者か英雄かはともかく、スノーデン氏の功績に言及するならば、インターネットが国境を越えた自由なコミュニケーションを実現し、政治を民主化し、ビジネスやイノベーションを促進するポジティブな面だけではなく、大量監視を通じて人権抑圧の道具になることを、我が身を賭して告発してくれたことに尽きます。
皮肉な話かもしれませんが、そうした告発内容を吟味し、わかりやすく編集して世に知らしめる役回りは、インターネットの出現で相対的な存在感が低下している既存メディアしかない。ウィキリークスに編集機能は期待できません。
今後はIoT(モノのインターネット)の広がりにより、はるかに大量かつ多様な情報がインターネットを駆け巡るようになり、テクノロジーの進化に伴って監視手段もより巧妙になっていくことでしょう。スノーデン事件を受けて、これからのネット社会の安全が脅かされることのないよう、政府や企業をしっかりウオッチしていく責務が「自由闊達な精神」を持つメディアにはあると言えます。(デジタル編集部長・藤元正)
(2017/2/13 01:00)