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(2017/8/16 05:00)
拡張現実(AR)を活用したスマートグラスの分野で、IT大手による高性能機種の投入が相次いでいる。日本マイクロソフト(MS)はウィンドウズ10を搭載した「ホロレンズ」の法人・開発者向けの出荷を日本国内で1月に開始。米グーグルも生産を中止していた「グーグルグラス」について、産業分野に特化したモデルを7月に発表した。産業用スマートグラスの分野でも、MS対グーグルの戦いが繰り広げられることになるのか。(藤元正)
ホロレンズ:360度の3D空間全体が表現の場に
野村不動産が7月に東京都江東区で販売を始めた分譲マンション「プラウドシティ越中島」。ここでは新築マンションの販売に国内で初めてMSのホロレンズを採用。ホロレンズを装着して建設予定地の敷地を眺めると、マンションの外観イメージを原寸大で360度ぐるりと確認できる趣向だ。紙やウェブの2次元情報では理解しにくいビジュアルイメージを、立体的にわかりやすく見せることができるという。
また、ホロレンズ用に航空機のコックピットやエンジンなどを3次元(3D)のバーチャル映像で体感できるプロトタイプのプログラムを開発したのが、日本航空(JAL)。副操縦士を目指す運航乗務員訓練生や整備士訓練生向けに、補助的なトレーニングツールとして活用する。
ドイツでは、鉄鋼・工業製品大手ティッセンクルップが、エレベーターの保守業務にホロレンズを導入。空中での指の操作で保守履歴を壁の上に投影させたり、作業手順を目の前にビジュアルに表示させたりできる。
ホロレンズを通じて離れた場所にいるエンジニアをスカイプで呼び出し、先方のパソコンで現場の映像を共有しながら、作業内容をチェックしてもらったりすることも。ティッセンクルップでは、「ホロレンズの最大のメリットはハンズフリーであること」とし、メンテナンスサービスの効率化に役立てていく方針だ。
■製造や教育・研修、医療関係に
産業分野でこのような使われ方をしているホロレンズを、MSでは「自己完結型ホログラフィックコンピューター」と呼ぶ。Wi―Fi、ブルートゥース経由でクラウドや周辺機器と接続され、ケーブル類は一切ない。電池やプロセッサー、メモリー、ハードディスクまで内蔵され、単独で動作する。
しかも装着したまま頭を動かすと、実物の壁や空中に配置された3Dの仮想物体(ホログラフィック)とディスプレー画面が、あたかもそこに存在するかのように角度を変えて見える。空間内のカーソルは視線で動かせ、人差し指を下げて上げる「エアタップ」(マウスの左クリックに相当)といった3種類のジェスチャーコマンドにも対応する。
これがARの世界かと感心すると、日本MSでWindowsコマーシャルグループシニアプロダクトマネージャーの上田欣典(よしのり)さんから、「我々は複合現実(MR)と呼んでいます」とやんわり修正された。MRは現実世界と仮想世界を融合させ、いわゆる仮想現実(VR)とARを包含した概念。「360度の3D空間全体が表現の場となる」(上田さん)という。
とはいえ値段は決して安くない。開発者向けが33万3800円、法人向けが55万5800円(いずれも税込み)もする。それでも日本は発売している10カ国のうち、米国に次いで2番目に販売台数が多い。売れ筋分野は3Dデータを利用する建築、製造業、医療関係のほか、企業や大学などの教育・研修用途。ドイツでも「インダストリー4.0」関連での販売が増えているとのこと。
■建設業界での生産性向上
4月にはホロレンズをめぐって国内の建設業界で新しい動きがあった。日本MSとゼネコンの小柳建設(新潟県三条市)が連携プロジェクトを発表。ホロレンズを活用し、建設業での計画・工事・検査の効率化や、施工後のメンテナンスのトレーサビリティーを可視化するコンセプトモデルを開発した。
国内で技能労働者不足が深刻化する中、ホロレンズは、情報通信技術(ICT)を活用して生産性向上を図る政府の「i-Construction」を後押しすることにつながると、小柳建設では期待をかけている。
ここで、ホロレンズの評価について、スマートグラスを含め、産業現場向けのIT機器などに詳しい三菱総合研究所ものづくり革新事業センター主任研究員の大川真史さんに聞いてみた。
すると「ARやMRは、動きの速い現場向けにはまだ使えない。視野の狭さや眼鏡との干渉などハードウエアの進展が現場ニーズに追い付いていない。教育や技術研修など現場ではない利用シーンであれば役に立つ」と、やや厳しめの見方。それでも、「これからユースケースが増え、本体の性能もアップしていって、3―5年後ぐらいには良い形になっているのではないか」と先行きを展望する。
こうした意見について、日本MSの上田さんは「ものすごく動きが速いと環境認識機能が付いていけない場合はある。だがある程度までのスピードなら大丈夫」とする。製造分野でも、スウェーデンのボルボ・カーズが自動車の組み立てラインで作業員に情報を提示するのにホロレンズを導入しているほか、車の実寸大での設計検討や、現場でロボットの配置検討を行う空間設計にも活用している。
■次期モデルはAI機能内蔵へ
その一方で、米MSはホロレンズの性能アップにも取り組む。7月23日には同社の公式ブログで、人工知能(AI)処理に特化した機能を搭載するコプロセッサー「HPU2.0」を開発中と公表。ホロレンズの次期モデルに搭載される見通しだ。
何が違うかというと、これまでAI処理はネットワークの向こうのクラウド側で実行していた。ただ、それだと通信の事情で遅延が起こる場合がある。AIチップをデバイスに組み込むことで、収集したデータに対するディープラーニング(深層学習)の処理をホロレンズ側で行えるようになる。レスポンスが速くなるのに加え、画像認識や音声認識の性能アップも期待できそうだ。
グーグルグラス:GE・VW・DHLなど30社以上が導入
2015年1月に生産中止が発表されてからちょうど2年半、あの「グーグルグラス」が帰ってきた。米グーグル親会社のアルファベット傘下で先端研究開発を手がけるX部門(旧グーグルX)が7月18日に「グラス・エンタープライズ・エディション(EE)」を発表、産業向けとして復活を果たしたのだ。
■作業手順を目の前に表示、10%前後効率化
すでに初期ユーザーとして30社以上が現場に導入。うちGEやボーイング、フォルクスワーゲン(VW)、DHL、サムスン電子、農業機械のAGCO(アグコ)などのユーザー名も公開した。販売はグラスEE向けに特定産業分野のソリューションを開発する米国、ドイツ、オランダ、香港の「グラスパートナー」12社が担当する。
公式ブログによれば初期ユーザーのGEアビエーション(オハイオ州)ではメカニックによる航空機エンジンの組み立てや保守に活用。AR関連ソフトの米アップスキル(ワシントン)が開発したソフトウエアを使い、動画やアニメ、写真での作業手順をグラスに映し出す。作業者が手を止めながらパソコンや紙の手順書をいちいち確認する必要がなくなり、作業効率が以前に比べ8―12%改善されたという。
そこで、気になるのは日本での発売時期。X部門にメールで問い合わせたところ、残念ながら「日本での発売は未定」との返事。
価格についても、かつて米国内でデベロッパー向けに提供されていたグーグルグラスは1500ドルしたが、単純に考えて、産業向けのグラスEEはこれより高額だろう。Xによれば、「価格はビジネス用途に応じたハードウエア、ソフトウエアそれにサポートの組み合わせによって異なり、グラスパートナーが決める」としている。
■一般向けは撤退、企業向けに絞る
さて、ホロレンズとグラスEEは、産業分野で競合することになるのか。
前出の三菱総研の大川さんは、「グーグルが一般向けのスマートグラスから撤退したのは正しい判断だった」とした上で、特定の業務ユーザーとパートナーに絞ってのアプローチを評価。「さまざまな産業分野のユースケースを蓄積しており、ビジネスとしてたぶんうまくいくだろう」とし、グラスEEに分があるとする。
実はMSもエコシステム作りに取り組み、海外ではホロレンズ向けソリューションを提供する公式認定パートナーを組織化済み。国内でも複数の企業と調整中で、年内には公表する予定だ。
■用途により両者ですみ分けも
さらに、「新型グラスはサイズが小さいので、より特定の機能に絞った用途に向く。しかも室内だけでなく屋外でも使える。ホロレンズは大きく、かさばるので室内向きだ」とするのは、英国のハイテク調査会社IDTechExでAR/VR分野を担当するプリンシパル・アナリスト、ハリー・ザーボスさん。両者の違いに着目し、ある程度すみ分けできると予想する。
両システムの価格についても、ザーボスさんは「決して高価ではない」との見方。「MSもグーグルも賢いことに企業用途に焦点を絞っている。こうしたデバイスを利用すればユーザー側で業務の効率化が進み、初期投資は相殺されるので、投資効果はある」
昨年はVR元年と言われ、VR関連商品が脚光を浴びている。産業用途を切り口に、ARのスマートグラスも大きく花開くことになるのかどうか。
【↓ティッセンクルップでのホロレンズ活用例】
【↓ボルボ・カーズでのホロレンズ活用例】
【↓AGCOでのグラス活用例】
(2017/8/16 05:00)