[ オピニオン ]
(2017/11/1 05:00)
東北全域にわたり、ベンチャー企業の成長を後押ししながら起業家のコミュニティーづくりを進める取り組みを仙台市などが進めています。今年7月にスタートした「東北アクセラレーター2017」で、このほど支援対象となる15チームが決まりました。神戸市や福岡市をはじめ、ベンチャー支援に熱心な自治体はけっこうありますが、東北全県という広域での支援は全国でも珍しいということです。
その理由について、仙台市の伊藤敬幹副市長は「東北は課題の先進地。名誉なことではないが、解決策となるソリューションを生み出し、事業として長続きさせることで東北全体の底上げにつなげたい」と説明しました。プロジェクトを起点に事業創出のためのネットワークを広域で作り上げ、後に続く起業家予備軍のロールモデル(模範)にしていければとの期待もあります。
今回の支援プログラムへの応募は121チーム。そこから書類選考や面接を経て20チームが選出され、10月29日に仙台市若林区の「INTILAQ(インティラック)東北イノベーションセンター」で開かれたビジネスプランコンテストで、支援対象を決定しました。選抜チームには、東北アクセラレーターを仙台市と共同で運営するゼロワンブースター(東京都港区)が中心となり、18年2月まで各チームの事業拡大に向けた支援プログラムを実施する予定となっています。
採択されたビジネスモデルでは、やはり地元の素材を生かしたものや、介護・福祉関係の事業が目立つ。たとえば、アイローカル(宮城県女川町)は宮城県のオーガニック素材を使った肌にやさしい手作り石けんを商品化。まんまーる(山形県鶴岡市)は食物アレルギーの児童のため、規格外品の山形の伝統野菜を使ったスープを製造・販売しています。
福祉関係では、manaby(マナビー、仙台市)が対人関係の苦手な障がい者向けに、エンジニアやデザイナーとして在宅で働けるための就労移行支援を、TSUMIKI(ツミキ、福島市)は医療・福祉分野の求人と求職者のマッチングを行うほか、シニアリンク・コミュニケーション(福島市)では、介護が必要な高齢者向けに自分で買い物が楽しめるイベントを開催しています。
また、高齢者向けのプログラミング教育を手がけるのがテセラクト(宮城県塩釜市)。憶えている人も多いかと思いますが、米アップルが6月に開いた世界開発者会議(WWDC)に最高齢プログラマーとして日本人女性の若宮正子さん(82)がティム・クックCEOじきじきに招待され、大きな話題になりました。実は彼女にプログラミングを手ほどきした人物が同社の小泉勝志郎社長なのでした。
小泉社長によれば、「高齢者はスマートフォンでピンチやズームといった指を滑らす操作ができない。杖をついている人は、両手でスマホを持って写真が撮れない」ことから、そうしたハンディキャップを補う機能も開発しているそうです。
さらに、大学での研究をもとにしたビジネスモデルも。東北大学の田中由佳里助教は、日本国内に糖尿病とほぼ同じ800万人もの患者がいるにもかかわらず、専門医が少ない過敏性腸症候群(IBS)について、痛くない検査キットとセルフメディケーションの事業化構想を発表。東北福祉大学の平泉拓助教は自然災害の被災経験者がカウンセラーとなり、他の地域の被災者の心のケアをテレビ電話で行う「ピアカウンセラー」の養成と普及をプレゼンしました。
研究成果ではありませんが、大学の研究室などが保有する高額な実験機器のシェアリングで事業化を狙うのがCo-LABO MAKER(コラボメーカー、仙台市)。epi&company(エピアンドカンパニー、同)は、女子学生の感性を生かした商品企画・マーケティングを企業から請け負っています。
それ以外には、モンスターのカードを使った子供向け無料食育教材「食育モンスター(食モン)」を展開するプレイノベーション(福島県郡山市)、次世代ウェディングをプロデュースする雅プロ(仙台市)が選ばれています。
実は東北以外のチームもあり、祭りを通して地域や商店街を盛り上げるオマツリジャパン(東京都新宿区)、女性の在宅ワークを受託するリモートワーク拠点を仙台に設けようというココエ(同中央区)、医師同士の知識の共有やネットワークづくりを進めるアンター(同文京区)の3社が入っています。いずれも東北での事業創出に貢献することから選出されました。
「実験機器と技術のシェアリングビジネスで国境を越えられると思っている」。プログラムへの採択が決まった後、こう自信ありげに話してくれたのはCo-LABO MAKERの古谷優貴社長です。
まだクローズドな形でシェアリングを試行している段階ですが、「実験機器が高額なこともあり、やりたい実験がなかなかできない研究室や企業も多い。その一方で、機器もそれを使う人も有効に生かされていない」と現状に大きなビジネスチャンスを見出しています。サービス開始後は着実に足場を固めつつ事業エリアを広げていき、同時に東北の起業家のエコシステム(ビジネス上の共生関係)も良くしていきたいと考えているそうです。
とはいえ、今回の採択は各チームにとってまだ始まりに過ぎません。「同じアイデアを考えている人は、ほかにもたくさんいる。そこで競合との差になるのはどれだけ動いたか。多くの新規ビジネスがDO(行動)しないで終わっている。体力、知力を身に付け、どんどん動いていってほしい」。審査員を務めた今野印刷(仙台市若林区)の橋浦隆一社長はこうアドバイスしています。各チームとも、東北アクセラレーターをきっかけに生まれたコミュニティーの力や知恵を借りながら、「とにかく前へ」という意気込みこそ大事にしたいところです。
このプログラムが単年度事業ならもったいないなと思っていたのですが、仙台市経済局産業政策部地域産業支援課の杉田剛課長に聞きましたら、「来年以降も何年かかけてやっていきたい」と心強い答えが返ってきました。東北のベンチャーと起業家コミュニティーが成長し、全国そして世界とつながって地元に雇用も生み出していく。それに勝る復興はないのかもしれません。
(デジタル編集部・藤元正)
(2017/11/1 05:00)