[ オピニオン ]

【電子版】デジタル編集部から(72)日本のスタートアップ躍進のカギは? 「ディスラプティング・ジャパン」ロメロ氏に聞く

(2018/3/16 12:00)

インターネットラジオの一種である「ポッドキャスト」を使い、日本のスタートアップ事情を英語で世界に配信している人物がいる。米国出身で東京在住25年目のティム・ロメロ(Tim Romero)さんだ。「ディスラプティング・ジャパン(disrupting JAPAN)」と名付けた彼のサイトでは、日本のスタートアップのインタビューなどを聞きに来る海外のリスナーが6割方を占めるという。起業家、著述家、コンサルタント、投資家…といったさまざまな顔を持つロメロさんによれば、日本で成功している起業家の特徴は、これまでの企業にはないアグレッシブさ(積極性)。その上で、技術や製品開発にまず着目するのではなく、社会や顧客が本当に困っている課題の解決を目指すアプローチこそイノベーションにつながると強調する。

ポッドキャストで日本の起業家情報を世界に

  • ティム・ロメロさん(本人提供)

■初めはミュージシャンとして来日したそうですね。

初来日は1988年。当時バンドを持っていて、歌手もギターもピアノもこなした。運よく日本のレコード会社に来日するよう勧められたのだが、日本ではうまくいかず、それからロサンゼルスに移って音楽の仕事に見切りをつけ、日系の貿易会社で働き始めた。その関係で94年に再び日本に来ることになり東京で何年か勤めた後、98年に自分の会社を立ち上げた。今はバンドはやっていないが、時間があればまた演奏したい。好みの音楽は60年代のリズム&ブルースだ。

■現在の肩書はイノベーター、著述家(オーサー)、起業家(アントレプレナー)となっています。

ポッドキャストで情報を発信するほか、コンサルタントとして、大企業に社内でイノベーションが起きるよう助言したりしている。関係のあるいくつかのスタートアップには少額を投資しているが、そのすべてが企業向けのB2Bソフトウエア。B2Bソフトなら自分で理解できるからだ。

■ポッドキャストを3年前に始めたきっかけは。

2014年9月に開設した。実はそれまで、ある出版社と日本のスタートアップの本を出す交渉をしていた。出版社の担当者は盛り上がっていたが、私自身は外国人が日本のスタートアップについて書くのはニッチすぎるのではないかと考えていた。結局、本の話はなくなったが、その過程でポッドキャストでの情報発信を思い付く。当初はせいぜい50人ぐらいと思っていたら、今では世界中から3000人もの人が聞きに来ている。しかも約60%が日本国外のリスナーだ。

格段に質の上がった日本のスタートアップ

■日本のスタートアップ情報が注目されるのはなぜでしょう。

一つはタイミングが良かったため。ここ数年、日本のイノベーションに対する海外からの関心が非常に高まっている。日本にたくさんの興味深いスタートアップが登場しているのに対して、情報を英語で直接聞けるチャンスがない。もちろん、スタートアップが続々誕生する中国やシンガポールも注目度が高い。それでも日本に目が向けられるのは、2000年ごろまで、クルマやカメラをはじめ、日本が次々にイノベーティブな製品を生み出す国だったことが影響している。みんなそれを憶えていて、日本から何か次の新しいものが出てくるのではと期待している。

現在の日本のスタートアップの質も驚くほど高い。10年前、15年前に比べて信じられないくらいレベルが上がった。自分の会社を始めた98年当時、ベンチャーキャピタル(VC)はあったが、今のようなスタートアップというものはなく、スモールビジネスがほとんど。当時と違って、今は面白いアイデアを持った大学生が会社を立ち上げ、VCから資金調達する。これは日本にとってまったく新しい出来事だ。

  • 17年9月に東京・六本木で開催した3周年記念イベントには日本を代表する起業家がパネルディスカッションに参加。(左から)司会のロメロさん、Cerevoの岩佐琢磨社長、ソラコムの玉川憲社長、セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズの阪根信一社長(筆者撮影)

■日本の政府や自治体はずっとベンチャーやスタートアップの育成に努めてきたが、成果を出すのに苦労していました。最近になって有望なスタートアップが次々に登場しているのは、どういう変化があったと見ていますか。

多くのことが一斉に変わったのだと思う。政府はスタートアップ支援を行ってきたというが、政府が進めてきたほとんどの育成プログラムは支援にあまりつながっていないのが実態だ。政府、とくに安倍政権が一番やるべきことは、スタートアップは日本の将来にとって大事な存在であり、もっと注目する必要があると公言すること。そうすれば、大企業はもっとスタートアップと協業しなければ、と思うようになる。

今の若い起業家と話すとみなアグレッシブ(積極的)で、既存の大企業と直接競合することをいとわない。彼らは単にわずかな市場を切り開くことでは満足せず、ビジネス全部を取ろうとする。これには非常に勇気づけられた。今までの日本企業とは違うアグレッシブさを持っている。こうしたことはとても重要で、海外で成功する上で大事になると思う。

DARPA方式でプロジェクト競わせよ

■日本ではいまだにまず大企業、そして中小企業という階層構造が存在します。

政府の取り組みでもう一つ大事なのは、スタートアップの製品やサービスを政府が購入することだ。ディスラプティング・ジャパンでインタビューした日本のスタートアップ創業者の多くが補助金を得ていて、そのこと自体は素晴らしい。ただ、どの会社も「補助金より顧客がほしい」と話していた。彼らはお金だけでなく、チャンスを求めている。コンテストで賞を与える支援プログラムより、政府との契約でスタートアップ同士を競わせるほうが効果が大きい。

参考になるのがDARPA(米国防高等研究計画局)のやり方。DARPAの技術開発プログラムでは自動運転車での制御技術やセキュリティーなど特定のニッチな技術課題を提示し、学生であろうと大企業であろうと誰でもこのコンペに参加できるようにしている。スタートアップが勝つことが多いが、これは政府がスタートアップから直接調達する非常にうまい手法だ。

有望な介護・IoT分野

■日本のスタートアップにとって有望なのは、どういう産業分野だと見ていますか。

その前に、優れたスタートアップが成長の見込めない産業に参入しているケースがけっこうある。その産業自体、発展性が乏しく利幅が小さくとも、面白いイノベーションが起こる場合がときにある。どんな分野でもイノベーションが起こり得ることに、もっと目を向ける必要がある。

とくに日本では、高齢者介護の分野で多くのイノベーションが生まれると見ている。というのも、10年以内に欧州も日本と同じような人口構成になり、15年後には米国も高齢化社会に直面する。つまり日本はほかの国に先行する今後10年の間にいろいろな手法を試して、専門知識やノウハウを蓄え、欧米に輸出できるようになる。こうした点で日本はユニークな強みを持つ。

ほかに面白いのはIoT(モノのインターネット)だ。IoT分野での日本の課題はソフトウエアで後れを取っていること。だが、ハードウエアとなると話は別。日本は高い技能を持つハードウエアエンジニアがたくさんいる。ハードウエアがらみのIoTでも、日本のスタートアップが優位に立てると思う。

ロボットはソフトウエア・AIで後れも

■ロボットも日本のスタートアップが活躍できる分野だと思いますが。

確かにそうだが、ただロボットには(これまでとこれからの)二つの段階がある。消費者向けで日本は強みを発揮できると思うが、これまで強かった産業用の分野では、実は後れを取り始めているのではないか。(ソフトバンクグループが買収した)米ボストン・ダイナミクスが開発したロボットの滑らかな動きを見ればそれは明らかで、理由はソフトウエアにある。ロボットのハードウエアだけを見れば日本のものが世界一だが、ソフトウエアやAIでは、米国や中国が先を行く。日本はそれに追いついていく必要がある。

■一方で、東京電力のブロックチェーンプロジェクトにもかかわり、その分野にはとくに詳しいようですね。

ブロックチェーンについては先日、「フォーブス・アジア」のウェブサイトに記事を寄稿した。ブロックチェーンについて語る場合、仮想通貨やICO(仮想通貨を使った資金調達)と分けて話す必要があるが、ブロックチェーン自体は信じられないほど革新的で非常に有用なテクノロジーだ。

大企業により有益なブロックチェーン

ブロックチェーンで利益を上げるのは難しくない。ICOで容易にお金を集められるからだ。ただ、ICOは一時的な流行にとどまると思う。株や債券を買った場合、基本的に購入者には法律に基づいた強い権利が発生する。ICOでの基本的な問題は、投資と引き換えにトークン(電子的な仮想通貨引換券)をもらっても、それを交換できるのは将来の話で、投資家は何も得られない。株式と違って法的な権利もない。長期的には技術自体がオープンソースになって誰でも使いこなせるようになることから、それだけでお金を調達するのは難しくなる。

そこでもっとも成功するブロックチェーンの使い道を考えると、多数の利害関係者がかかわる案件で運用コストを低減し、誰でも参加できるようにすることだ。海運での積み荷の管理や株取引、データベースの災害復旧などさまざまな応用事例が考えられ、社会へのインパクトは大きい。ICOなどを通して短期的にはスタートアップコミュニティーに有利に働くが、長期的には大企業にとって有用なものになるとみている。大企業には非常に深い専門知識を持った人たちがたくさんいるが、課題はニッチな市場をみつけ、専門知識を駆使してそれらの小さい市場をつなぎ合わせ、新しい収益源を作り出すこと。本当の課題はビジネスモデルを作り出すことだ。

解決すべき課題は何かに焦点を

■最後に、これまでの経験から、日本のスタートアップにもっとも必要なものは何だと考えますか。

世界中のどのスタートアップでも一番大切なのは、顧客の抱える真の問題を解決することだ。日本のある顧客が抱える真の問題を解決すれば、同じような悩みを持つほかの誰かにもその手法がおそらく役立つし、世界にも通用する。だが、スタートアップのほとんどは、まず自分たちが手がける製品やサービスのことを考えがち。そうではなく、最初に解決すべき課題は何かに焦点を絞るべきだ。

(デジタル編集部・藤元正)

(2018/3/16 12:00)

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