[ オピニオン ]
(2018/4/7 12:00)
米グーグルによる日本企業のM&Aとして、当時大きな話題になった東京大学発ベンチャーのSCHAFT(シャフト)。2017年には同じく米アルファベット(グーグルの親会社)傘下の米ボストン・ダイナミクスとともにソフトバンクグループに買収されたが、もともとグーグルにシャフトを紹介したのがTomyK代表の鎌田富久氏(ACCESS共同創業者)だ。テクノロジー・スタートアップを後押しする鎌田氏に、シャフトをめぐる一件や、ヒューマノイド・ロボットへの期待を語ってもらった。
スタートアップ支援の手厚い米国
■鎌田さんが書いた『テクノロジー・スタートアップが未来を創る』の第1章では、支援する5社のテクノロジー・スタートアップが紹介されています。うちシャフトについては、13年12月にグーグルによる買収が明らかになり、その直後に開催されたDARPA(米国防高等研究計画局)の災害対応ロボットコンテスト「DARPAロボティクス・チャレンジ(DRC)」トライアル(1次大会)で他のチームに大差をつけて1位になった。あの時、我々も非常にびっくりしましたが、そんな高い技術力を持つシャフトがグーグルに買収されたのは、日本国内で十分な資金が集められなかったからですか。
シャフトは当時、創業してからまだ1年半だったので、普通に考えても(資金調達が)難しい時期だった。米国だとスタートアップを支援する層が分厚く、そうした起業したての会社に対しても、リスクを取って投資する企業やエンジェル投資家がいる。逆に日本は、そういうところでお金が集まりにくい。
■テクノロジー・スタートアップは「プロトタイプや試作機を全速力で完成させることが第一歩」と著書にはありますが、シャフトは買収当時、プロトタイプを持っていたのですか?
もちろん。プロトタイプしかなかった。
■プロトタイプはあったけれど、国内では投資してくれるところがなかったと?
当時は投資してくれなかった。というのも、ちゃんと稼ぐにはやはり10年ぐらいの期間が必要になる。それに対し、ベンチャーキャピタル(VC)は7年ぐらいで投資資金を回収しないとビジネスを回せない。そういう理由から、創業間もない会社への投資を日本のVCが躊躇するのは理解できる。ただ、買収先があれば10年かからなくても回収できるので、M&Aが多ければどんどん先に投資できるのだが、残念ながら日本はM&Aが少ない。そこまで環境が整っていない日本で、VCを責めるのは酷なような気もする。
アンディ・ルービンに直接持ち込む
■シャフトの案件は最初、グーグルのベンチャー投資部門であるグーグル・ベンチャーズ(現GV)に持ち込んだのですか。
そうではない。(当時グーグルのロボット部門の責任者だった)アンディ・ルービンに直接話を持って行った。アンドロイドOSの開発者である彼とは以前からコンタクトがあり、ACCESS時代から知っていた。アップルはじめ、彼が会社を移るたびにいろんなところで顔を合わせる機会があったし、ロボット好きというのも知っていた。
彼がグーグルでアンドロイドのチームを離れたという話を聞いた時に、グーグルを辞めるのかなと思い、そうであればシャフトに個人で投資してくれるかもしれないと連絡したところ、「1回見に行こう」という話になった。その際、グーグルの投資グループも一緒に日本にやって来て、話がまとまった。しばらくしてアンディ・ルービンがグーグルを退社した後は、ロボットチームを誰もリードできなくなって、買収した会社を手放すことになり、ボストン・ダイナミクスとシャフトをソフトバンクグループが買収した。
■アンディ・ルービンが日本に来てシャフトのチームに会った時には、どういう反応でしたか。
彼はロボット技術もよく理解していたし、論文やいろんな情報が公開されていたので、シャフトのことも結構知っていた。
■ということは、日本の企業や投資家はシャフトのことをよく知らなかったということですか?
知らなかったというか、時期的に早すぎて評価できなかったというのが正しい。早い段階だったので、投資しようというところまでは行かなかった。
■彼はその価値を見抜いて、買収を即決したと?
それには彼なりの理由がある。アンドロイド自体がグーグルに買収された会社だからだ。アンディ・ルービンはアンドロイドOSを製品化する前の段階でアンドロイドという会社を作り、グーグルに買収された後に事業を大きくして成功した。彼が来日した時、自分の体験をもとに「早い段階でも資本力のある大企業と組めばいいことがあるよ。我々と一緒にやらないか」と話していたが、けっこう説得力があった。シャフトの経営陣も先方の前向きな反応に「ええっ、こんないい話あるの?」と非常に驚いていた。それから4年、グーグルにお世話になって、シャフトでの開発もけっこう進んだと思う。
グーグルもほしがったTRIのプラット氏
■グーグルは当時、ロボット企業を計8社も買収しました。それでも、うまくロボット関連を事業化できなかった原因はどこにあったと思いますか。
ロボット事業はアンディ・ルービンのリーダーシップとビジョンで進められていた。彼がいなくなった時点で彼に代わるような人物が見つからなかったことが大きい。一説には(DRCの責任者で)DARPAプログラムマネージャーだったギル・プラットをグーグルが引き抜こうとしたという噂もある。彼は最終的には(トヨタのAI開発子会社)トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)のCEOになったが、引く手あまたでいろんなところからオファーが来ていたようだ。グーグルでロボットプロジェクトを率いることができそうな人はあまりいなかったし、たぶんギル・プラットはその候補の1人だったと思う。
■当時買収した8社それぞれが独自のテクノロジーを持ち、もちろん各社のプライドも高い。とりわけボストン・ダイナミクスあたりはさぞかし御しにくかったのではとも推測されますが。
そうだと思う。もともとギル・プラットはMIT(マサチューセッツ工科大学)出身で、DARPAのコンテストでも(MIT発ベンチャーの)ボストン・ダイナミクスが開発した人型ロボット「アトラス」をハードウエアに使用する関係にあった。たぶんグーグルはギル・プラットをほしかったと思うが、彼はトヨタに行ってしまった。最終的にソフトバンクグループに買収されたボストン・ダイナミクスとシャフトについても、当初はトヨタが買うのではという噂もありましたよね。
■なぜ、ソフトバンクグループが買うことになったか聞いていますか。
いやいや、孫さんがいいオファーをしたのだと思う。
■ただ、ソフトバンクグループの17年6月のニュースリリースでは、ボストン・ダイナミクスの買収がメーンで、シャフトは下の方にちょっとだけ載っている程度。まるで付け足しみたいで、扱いがまったく違うのを不思議に思いましたが。
ソフトバンクグループ側でのグローバルな広報戦略としては、その方がいいと思ったかもしれない。日本だとシャフトをもっと前面に出してもよかったかもしれないが。
まずは特定用途から
■ボストン・ダイナミクスの開発するロボットは時折ユーチューブに動画がアップされ、話題になることも多い。一般人が見ても驚くような2足歩行でのバランスや制御技術を持っています。ただ、グーグルでさえ会社をまとめきれず、ビジネス化できなかった。それがソフトバンクグループ傘下になり、技術開発は進むかもしれませんが、肝心の事業化は進むと思いますか。
日本は労働力不足など課題が多いし、最初のマーケットとしては結構いいかもしれない。いきなりヒューマノイド(人型ロボット)で汎用的なものにはならないだろう。ある特定の用途に合わせたロボットを開発し、数年以内にいろいろな製品がけっこう出てくると思う。日本国内で製品が実際に使われ始め、市場で鍛えられて、少しずつロボットのできることが増えていくことになるのではないか。荷物を運ぶとか、人間が入れないところで活動するとか、災害対応向けもあるかもしれない。将来の製品分野としても市場としても、ヒューマノイド・ロボットは非常に面白いと思っている。
(藤元正)
【略歴】(かまだ・とみひさ)東大大学院理学系研究科情報科学博士課程修了、理学博士。ACCESS共同創業者。東大在学中の1984年にソフトウェアベンチャーACCESSを荒川亨氏とともに設立。組み込み向けTCP/IP通信ソフトや、世界初の携帯電話向けウェブブラウザーなどを開発。携帯電話向けのコンパクトなHTML仕様「Compact HTML」をW3C(World Wide Web Consortium)に提案するなど、モバイルインターネットの技術革新を牽引した。2001年に東証マザーズに上場しグローバルに事業を展開。11年に退任。その後、スタートアップを支援するTomyKを設立し、ロボットベンチャーSCHAFT(米グーグルが買収し、現在はソフトバンクグループ傘下)の起業を支援するなど、ロボット、AI、IoT、宇宙、ゲノム、医療などのテクノロジー・スタートアップを多数立ち上げ中。愛知県出身、61年生まれ。
(2018/4/7 12:00)