(2020/11/25 05:00)
「つながる工場」「ゆるやかな標準」
インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI、西岡靖之理事長=法政大学教授)は10月8日、オンラインで「IVI公開シンポジウム Autumn」(モノづくり日本会議など協賛)を開催した。「コロナ禍で、ものづくり革命進行中!」と題して、新たなフロンティアに向かうアフター・コロナのモノづくりを、これまで進めてきた「つながる工場」のための理念と技術を通じ、予見する場となった。講演のほか、IVI内のワーキンググループ(WG)の2019年度業務シナリオから、マツダほかが加わる「人・モノの実績可視化/分析と最適化―II(次世代IEの追究)」などを優秀事例として表彰。20年度の13WGの進捗(しんちょく)報告も行った。
招待講演「データで進める「At Your Side」経営
ブラザー工業会長・小池利和氏
データを活用したビジネス展開ということでお話ししたい。入社して41年になり、最初の2年半の国内勤務を終えてから23年半、米国の販売会社でマーケティング、商品、IT、ロジスティクス、サービスとあらゆる経験をしたことが、基盤として役立っている。
1990年代にはラベルライターから始まりインクジェットやレーザープリンターの複合機など次から次へとビジネスが成長する幸運に恵まれた。創業112年で当初はミシンを生業(なりわい)としたが、現在ミシンの売り上げは10%強。残りはさまざまなチャレンジ、トライで伸ばしてきた。90年代からはグローバル化も進んだ。しかし、背後に脈々と流れるのは創業の精神であり、働きたい人の働き場所を作り、従業員の皆さんの雇用を守り、事業継続に責任を持って成長させることが会社の大きなミッションだ。
コロナ禍にあって変革のスピードを上げることは大きな課題で、ビジネスモデルもインターネットによるディストリビューションに加え、サブスクリプションもはやっている。当社は独自に10年以上前から製品にIoT(モノのインターネット)の仕掛けを施し、吸い上げたデータを使って、お客さまに長く当社製品を使っていただこうと考えている。
「データが欲しい」ということは、20年前の米国法人社長時代から考えていた。グローバルで毎日当社製品の、どのモデルがエンドユーザーに何台売れているかを見たい、というものだ。
リーマン・ショックの際には、キャッシュフローの確保や為替予約の手当などで衝撃を弱めたが、それだけでなく将来を見据えて、成長事業の人やリソースを残した。これには毎週データを見て、商品が想定通りに売れているか、作り過ぎていないか、逆に増産が必要なのではないか、計画することが重要だ。だから、本当に売れているというデータが生にわかることは極めて強い。競合他社がそうしたデータを持っておらず、減産したり工場閉鎖している時に、当社にオーダーが来た。これも運だと思う。
成長事業の一つには、アルミ加工に使う小さな工作機械がある。スマートフォンのケースを加工したりするのだが、成長事業は一時的に損益が悪くても温存することが大切だ。
そのために変化を読む。DX(デジタル変革)を用いて、eコマースやディストリビューションを見える化する。顧客の価値創造を正確に把握し、AI(人工知能)による生産性向上や働き方改革も進める。これらのかなりの部分にデジタルという言葉がつきまとう。それを当社なりに咀嚼(そしゃく)して展開する。
最終的にデジタルを使いこなすのは人間だが、まずデジタルデータをリアルタイムで大量に収集することがキーになる。顧客の思考や購入の仕方も、プリンターからのデータが役立つ。顧客にブラザーの商品をわかっていただき、購入後も手厚くサポートしていく。設計開発製造分野でも市場の何千万台のデータから品質や信頼性を解析している。
企業としては未来永劫(えいごう)に成長することが課題で、そのためにはグローバル企業の一員として社会貢献などの役目を果たすことも重要だ。そしてリアルタイムで豊富なデータを集めて、経営のミスを少なくし、持続的に成長する。運は自分でつかむものなのだ。
IVIオピニオン「デジタル化とデータと価値経済の行方」
IVI理事長 法政大学教授・西岡靖之氏
DXというキーワードで大きな流れが押し寄せようとしている。デジタル、データ、そして価値とはそもそも何であって、どこにあるのか。モノづくりがこれから進むべき方向性、可能性について話したい。
まずデータは基本的に情報の表現であり、伝達、解釈または処理に適するように形式化され、再度情報として解釈できるものと定義される。最終的には情報として人が判断し、判断することで価値につながる。
価値があるかどうかを比較して交換することが貨幣経済の原則だが、データについてはどうするか。ヒントとなるのはデータを誰と共有するかだと考える。単純にカネとの交換という考え方を捨てて、サブスクリプション、シェアリング、コネクテッド、といったキーワードでビジネスのルールそのものを考え直す。
工場の中のモノづくりにはさまざまな貴重な価値ある情報データがある。IVIはこれまでモノづくりの現場にある取り組みや知恵、経験などをどのような形で整理するかを議論してきた。日本の現場をしっかりと記述した指標を、国際標準として提案している。
知識を言葉にすることでデータ化でき、分析、解析ができる。ただ、データを企業を超えて取引先や顧客と共有するには、越えなければならないハードルがたくさんある。
モノづくりのデータをどう流通させるかについては3年前から取り組んでいるが、ある知識とある知識を結びつけて新しいバリューチェーンとすることは簡単ではない。契約の問題や、相手の企業に意味が通じないといった意味の問題、辞書の問題などがある。
IVIは製造業がデータをてこに新しいビジネスモデルを展開する、企業間オープン連携フレームワーク(CIOF)を提案している。一律の言葉や標準で現場をつなぐことはできないので、「ゆるやかな標準」であることが重要だ。データそのものに値段をつけるのでなく、トレーサビリティーを管理し、データを利用した時に価値を支払う、サブスクリプションの形で取引関係を成立させる。
DXにより、これまでのマニュアルの仕事はどんどんデータに置き換わり、既存の仕事がなくなることは免れない。しかし、一部の事業者に知識あるいはデータ価値が集まり、それ以外は廃業するという、トータルのバリューが上がらない事態は避けたい。既存の仕事のデジタル化でなく、新しいバリューを生み出す、データでなければできなかった新しいサービスを作り出すことが肝心だ。
最終的にDXで成長するかどうかは、単純なデータ化、デジタル化でなく、新しいバリューとして、カネをためてしまうことなく使っていく好循環ができるかどうかにかかる。
新しい時代の中でデータの価値が大きく変わっていくことは、コロナ禍の中で加速している。それが一番如実に現れるのが製造業、製造現場であり、これまでアナログあるいはフィジカル(現実世界)でバリューを作っていたものを、どのようにデジタル化、データ化の流れにトランスフォーメーションしていくか。各企業の中で、何を基軸として判断していくか、議論していただきたい。
講演「スマートシンキングで乗り越えろ 新常態のものづくり」
IVI代表幹事 ブラザー工業・西村栄昭氏
IVIではスマートシンキングのサイクルとして「EROT」を掲げ、13のワーキンググループ(WG)でも実践している。これは「E(エクスプロレーション、問題発見)」「R(レコグニション、問題共有)」「O(オーケストレーション、課題設定)」「T(トランスフォーメーション、課題解決)」のサイクルで、特に問題共有が重要だと考えている。メンバーで問題を共有して課題を設定するというものだ。
それをもとにIVIは「困り事」「いつどこ」「なぜなぜ」といった16のチャートを提案し、これを元に課題解決に取り組んでいる。これらを粛々と進めることが日本のモノづくりのDXの次のステップにつながる土台になると考える。
さらに工場内のデータをいかに生かすかを考えている。まず問題を「見える化」し、関係者が協力して「伝える化」する。そして、会社間などで協力して問題に取り組む「つながる化」、つながることで自立的に成長する「スマート化」へとつながる。これらのステップもコロナ禍によって変化してきた。
これまで現場では問題が見つかったことを示す点灯があれば即集合したが、データで現場を見つめるようになった。伝えることもディスプレーやウェブを活用、つながる化についても紙の資料から、リモートへと変化した。
新常態のモノづくりでは、現場についての記録(レコード)、連携(エンゲージメント)、洞察(インサイト)が重要となる。IVIが取り組む業務シナリオについても、数年前と比べて、興味の対象が「設備」「保全」といったものから、「データ」「率」といった、モノづくりにおいて流通するものに変わってきた。また、「遠隔」「管理」といった、物理的に離れていてもつながることが重要視されるようになった。データでつながる新常態の新たなモノづくりについて今後も頑張って考えていきたい。
IVIパネルディスカッション コロナ禍を生き抜くものづくりの智慧・知恵・知慧!
出席者
堀水修氏(IVIフェロー/日立製作所)
関行秀氏(IVIフェロー/NEC)
渡邊嘉彦氏(IVI副代表幹事/伊豆技研工業)
古賀康隆氏(IVI技術統括)
関
本日の議論の中から、モノづくりの方向性について考えていきたい。まず工場の働き方は変わる。現場に行けないネットワークストレスや、セキュリティーの心配もあるだろう。次にサプライチェーンがスムーズにつながらないということ。リスクの見える化に取り組んでいる事例もある。さらに需要変動が激しいという点で、在庫予測にAIを活用する例もあった。そして、新たなビジネスチャンスについて。今あるコア技術で、市場の要求に対してスピーディーに作っていく。マスクやフェースシールドといった新規商品を早期に立ち上げるケースも見られた。渡邊
中小企業の立場で、コロナ禍でどのようにモノを作っていくかについて、変化点を紹介する。当社は静岡にあり、100人ぐらいが自動車通勤で会社に来て、“3密”は起きにくい。しかし地方ではやはり、自社からコロナ感染が発生した場合の怖さがある。風評被害もあるのではないか。また、間接部門のテレワークもなかなか難しい。中小企業は、口頭や手渡しで情報のやりとりをしてきたが、改めてコミュニケーションの大事さを感じた。古賀
IVIの教育普及に携わってきて、日本各地の中小企業のメンバーと連携してきたが、これまで会議室に集合して対面で行った議論ができなくなった。今年何とか実現した活動では鳥取の企業とリモート会議システムでディスカッションした。チャートを用いて、仮想ホワイトボードでできる限りの意思疎通をした。その経験を生かして、タイとリモートでつなぎ、IVIのグローバル普及に取り組む。堀水
IVIの設立当初からのコンセプトは「つながる工場」と、つながるための「ゆるやかな標準」だ。コロナ禍を生き抜くモノづくりでは、これまで以上につながるモノづくりが重要になるのではないか。サプライチェーンについていうと、従来は一つの紐(ひも)で縦型に動いていた。情報もモノも一方向で、いわばバケツリレーだ。必要な情報が必要な人にタイムリーに供給されないこともある。どこかが切れるとつながらなくなる。そこで必要な情報をネットワークで共有する場を作ることが重要とわかってきた。IVI自体も人を結びつけて知惠を共有してイノベーションを起こす場なのだ。関
人がスムーズにつながり、変化を敏感に察知して新たなチャンスを作る。そして次のモノづくりを目指す。そんな議論をしていきたい。古賀
グローバルサプライチェーンの最適化の研究をしていて、ある製品を世界中でどこでモノを作るのが最適か、といったことを考えたことがある。そこにはIoTを活用できるだろう。新しい製品を出す場合も、企業をまたいだバリューチェーンでつながれば、早く出していけるだろう。渡邊
こういう機会でもあり、異業種の方々と悩みを言い合うような機会も増えた。異業種で協業関係を作り、それをコアに新たな取り組みをしてみたい。堀水
一企業では解決できないような大きな課題について、IVIを通して活動を共にして、新しい価値を創出していく。そんな活動を今後も引き続きできれば、と思う。(2020/11/25 05:00)