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(2024/3/18 00:00)
日産自動車は2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現に向けて、30年代の早い段階で主要市場に投入する新型車をすべて電動車とすることを目指している。この計画を電気自動車(EV)との「2本柱」として支えるパワートレーン技術が、ガソリンエンジンで発電した電気でモーターを駆動して車を動かす「e-POWER」。EV市場が本格的に拡大する将来を見据えた日産の電動化戦略の実現のための「架け橋」としての役割も担い、進化を続けている。
日産が初めてe-POWERを採用した小型車「ノート e-POWER」を発売したのは16年。それに先立つ6年前の10年、初めての量産型EV「リーフ」を市場投入している。日産はこのリーフ発売と同時期に、同じ車体を使ってe-POWERの原型となる技術を搭載した試作車を作っていた。
e-POWERは一般にはシリーズハイブリッドと呼ばれるハイブリッド車(HV)の一種。しかし、パワートレイン・EV技術開発本部の渋谷彰弘PEDは「他社のHVがガソリンエンジンの補助としてモーターを使い、車両性能を向上する発想なのに対し、e-POWERはそのベクトルが異なる」と強調する。
e-POWERが狙うのは、モーターの駆動力や制動力を緻密に制御して、力強く滑らかな走行やドライバーの意図通りの走行などを実現し、従来の内燃機関車と違う「ワクワクする運転体験」を提供すること。エンジンの役割を発電に限定し、EVで培ったモーター駆動や制御の独自技術を最大限に生かすという、他社とは逆の発想で生み出した技術だ。
e-POWER搭載車は16年の国内投入を皮切りに、20年にタイ、21年に中国、22年に欧州やメキシコと海外に販売地域を広げ、世界累計販売台数は24年1月末に約130万台に到達。そのうち約30万台を海外で販売している。車両生産拠点は国内のほかタイ、英国、中国に拡大。車種は「キックス」「キャシュカイ」「エクストレイル」「セレナ」などと増えている。EVの販売増も加わって、日産の23年の国内販売に占める電動車比率は約50%まで高まっている。
アクセルペダルだけで加減速を調整
e-POWERが世界で受け入れられている大きな理由の一つは「運転体験」が評価されているためだ。中でもドライバーが実感しやすいのが、電気信号のスピードで、アクセルペダルの操作に対して高い応答性で加減速したり、振動を抑えながら強いトルクを出したりできる日産独自のモーター制御技術と、それを活用した「e-pedal step」という技術。曲がりくねった山道や段差のある悪路などの運転で、アクセルペダルのみで加減速を自在に調整できるため、ブレーキペダルとの踏み替え回数を大幅に減らせる。
ほかにもモーター駆動の利点を生かした技術によって、車の振動や音、揺れを抑えるほか、カーブでの細かいハンドル操作も減らすなど、いくつもの技術の積み重ねによって、「知らないうちに蓄積する運転のストレスを減らしている」(渋谷氏)という。
EVとの部品共用化戦略でコストも削減
運転体験に加えて、強みとするのがコスト面のメリットだ。すべてのe-POWERがEV「アリア」とインバーターを共用するなど、e-POWERはEVとのコア部品の共用化を戦略的に進めている。EVとe-POWERには「100%モーター駆動」という共通点があるため、仕様が同じ部品が多く、高い共用化率や双方への搭載を考慮した設計が可能になる。
現在、コア部品の共用化はさらに進んで、モーター、インバーター、増減速機を一体化した「eアクスル」と呼ばれるモジュールの開発に入っており、EV用の「3-in-1」、e-POWER用の「5-in-1」というモジュールでそれぞれ、19年比30%のコスト削減、10%の小型化を視野に入れている。部品の共用化は「開発費、調達費の削減のほか、需要変動に応じた拠点間や車種間の生産対応も柔軟にできる」(同)といい、そのコストメリットは生産の領域にも及んでいる。
26年にはガソリン車と同等の価格に
ほかにもe-POWERは、モーター用磁石のレアアースの削減や、インバーターの電力損失を大幅に減らす炭化ケイ素(SiC)半導体の採用、高効率・低コストの新型エンジンといった要素技術の進化にめどを付けている。
eアクスルや新型エンジンの搭載車両は25年頃から順次、市場に投入する予定で、e-POWERの生産コストは部品共用化とコア部品のモジュール化、高効率化によって低減していく考え。ガソリン車の生産コストが排出ガス規制への対応などで上がってくることを考慮して、26年にはe-POWER搭載車の車両コストをガソリン車と同等にしたい考えだ。 30年までに世界販売に占める電動車比率を55%に高め、19車種のEVを含む27の電動車を投入する計画だ。
e-POWERからEVへ、電動化戦略の実現に向けて進化は続く
世界の自動車産業では、カーボンニュートラルへの対応と電動車や車載電池の生産を増やしたい各国の思惑が絡み合い、さまざまな政策や規制が設けられている。低燃費で環境負荷が低い日本車メーカーのHVも各国の電動車優遇政策の対象とならない場合も多く、その点ではe-POWERも海外市場で存在感を高めることが課題となる。この課題について渋谷氏は「燃費を高め、コストを下げることを追求しながら、ユーザーには100%モーター駆動の乗り味とストレスフリーの運転体験を合わせた価値を提供していく」と語る。運転体験を広く認知してもらうため、海外でも体験試乗の機会を増やす考えだ。
先進国でも都市部以外のEVインフラ整備は見通しが立っておらず、ガソリンをエネルギー源とする内燃機関は新興国を中心に今後も不可欠な選択肢だ。ガソリン車のインフラを使えるe-POWERで車の脱炭素化を着実に進めながら、将来は同じ「運転体験」の魅力を持つ日産製EVに乗り換えてもらう。日産はこの電動化戦略を実現する「架け橋」として、e-POWERをさらに進化させる考えだ。
(2024/3/18 00:00)