[ ロボット ]
(2016/10/28 05:00)
ボットとは、特定の処理を自動実行するプログラム。「ロボット」の略称で、検索エンジンやコンピュータウイルス、メッセンジャーなどの分野で用いられる。最近ではTwitter(ツイッター)やLINE(ライン)のようなリアルタイムコミュニケーションを行うSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のチャットで、発信や応答を自動的に行うプログラムを指すことが多い。人間のアカウントのように振る舞い、ある分野の情報を発信したり、あるいはユーザーからの問いかけに応答したりする。
突然のボットブーム
自動応答プログラムの「ボット」がブームだ。LINE、マイクロソフト、Facebook(フェイスブック)、グーグル(Google)などが次々とボットを作成するためのツールや環境を発表し、誰でも簡単にボットを作って発表できるようになりつつある。
1〜2年前には、ボットといえばTwitterの自動応答アカウントを指すことがほとんどで、そのアカウントをフォローすると、作家などの発言を集めたものや名言集などの登録されたつぶやきが定期的にタイムラインに流れてきた。
Twitter においてはかなり流行っており、Twitter ボット無料作成サービスとしてMAKEBOTやtwittbotなど多数提供されており、ボットのランキングサイトも存在する。これらはあくまでもキャラクターで勝負、ツイートの面白さでフォロワーを増やすことが目的になっている。
しかし、最近のボットブームは様子が変わってきた。その背景となるのが、メッセンジャーの台頭とAI(人工知能)の進歩だ。
メッセージングがインターネット利用の中心に
インターネットの利用の仕方はこの数年、スマートフォンの普及で大きく変化してきた。パソコン(PC)よりもモバイル端末からの利用が伸び、SNS の利用者が急増。ユーザーが時間を費やすメディアは、ホームページから各自が利用するSNSへと移行してきた。
SNSの中で最近人気なのがチャット機能を持つサービスだ。アメリカではFacebook Messengerの利用が伸びているほか、Slack(スラック)やSnapchat(スナップチャット)、Hipchat(ヒップチャット)などの利用者も多い。日本ではLINEのアクティブアカウントが2015年末に2200万人を超えた。かつてのメール中心のコミュニケーションから、即応性やスタンプ利用など、より直感的なチャットに移行することで、コミュニケーションの質も大きく変わりつつある。
ホームページがインターネットの中心にあった時代、グーグル検索こそがインターネットを効率的に使いこなすための最大のツールだった。毎日検索結果を表示しないPCはないといってよく、検索連動型広告が隆盛を極めた。しかし、チャットメインでスマホを利用し、検索にも音声を利用することが普通になったユーザーのデバイスでは、検索結果のリスト画面が表示される機会は減少する。
そこで広告や販売で有望視されるマーケティングツールがボットだ。コンシェルジュ的なパーソナリティや親しみやすいキャラクターのボットが、ユーザーのチャットツールに登録されれば、企業の製品やサービスを紹介する機会が創出されやすくなる。
しかし、従来のように応答メッセージのすべてを登録するシナリオ型のボットでは、会話が単調なためすぐユーザーに飽きられてしまい、ビジネスへの自然な誘導は困難だった。
AIが対話する新型ボット
ところが、自然な対話や不自然に感じられない誘導を実現する技術がここにきて利用可能になりつつある。AIだ。AIで今年前半もっとも話題を集めたのは、グーグルの囲碁AI「AlphaGO(アルファ碁)」がイ・セドル九段を破ったことだろう。まだ10年はコンピュータがプロ棋士に勝つことはないといわれていた囲碁の世界で、ディープラーニングによる学習が大番狂わせを果たした。
コンピュータが囲碁に強くなることでメリット、デメリットを感じる人は少ないだろう。しかし、スマホやPCを通して身近に触れ合うボットとなると話は別だ。
AIを利用したボットとして有名なものに、マイクロソフトが作成した女子高生キャラの「りんな」がある。当初、LINEのアカウントとして登場したりんなだが、その後Twitterのアカウントにも登場し、現在あわせて340万人以上のユーザーと会話している。5月に開催されたマイクロソフトの開発者向けのイベント「de:code 2016」では、そのアルゴリズムの一端が明かされ、りんなの応答は答えの正確性よりも、相手が感情的にいかに受け入れられやすく、会話が進んでいくかという点に注力したものだと説明された。
2016年4月7日には、インターンという設定でりんながTwitter のシャープ公式アカウントを1日務めるという試みが行われた。Twitter のまとめサイトなどによるとおおむね好評価で、コンピュータゆえの即時の応答と無尽蔵のスタミナは、広報やユーザーサポート分野での今後のAIボットの可能性を感じさせた。AIを利用することでこうしたボットアカウントを作り、ビジネスに利用できるのではないかと考えた企業も少なくなかったのではないだろうか。
ボットの仕組みと各社のボットへの取り組み
ではボットはどんな仕組みで動いており、どのように作ればいいのだろう? メッセンジャーとのテキストのやりとりは通常API(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)※1を使用して行う。ボット作成ツールが対応しているメッセンジャーのアカウントを取得し、そのIDを指定すれば表示は可能になる。
ボットのエンジンは、取得したテキストを分析し、どんな反応を返せばいいかを判断する。ボットのエンジンがシナリオ型であれば、送られてきたメッセージに含まれる単語などに対応するように、あらかじめ人手で登録したデータベースから応答するテキストが送信される。エンジンのバックエンドにAIが控えていれば、文脈の分析をAIが行い、AIから返ってきたテキストをどう加工してメッセンジャーに返信するかでボットの表現が変わってくる。
多くのネット系ベンダーが、ボット作成ツールの提供を発表・開始しているが、ツールの作りは上述の流れの一部または全体を実現するためのものであり、現在、利用の難易度もベンダーごとに異なっている。
LINEの例を見てみると、メッセージングAPIの公開を前にした今年4月7日に1万人限定で「LINE BOT API Trial Account」を受け付けた。これはわずか1週間で定員に達したため、同月27日には追加アカウントの受付を開始した。メッセージングAPIは、LINEからテキストを取得し、ユーザーのシステムに送る。ユーザーはそれぞれのメッセージングサーバーとデータベースを使って処理したテキストや写真、無料スタンプなどをLINEに送信する。AIを利用しようと思えば、自前でシステムに組み込まなければならないが、日本でSNSといえばLINEであり、LINE にボットを持てることで情報発信を拡大できる。HTMLを理解していれば最低限の動作は可能だが、さまざまな機能を使おうとした場合、現状ではバックエンドのシステム構築が必要で、各言語用にSDK(ソフトウェア開発キット)は公開されているものの、誰もが使えるというわけではない。
Facebook でもボットが使える
Facebookはグローバルで9億人のMessengerユーザーを抱えている。マーク・ザッカーバーグ CEO は今年4月、Facebookの開発者向け会議「F8」で、Messengerアプリ向けのAIボット機能「Bots for Messenger」を発表した。Bots for Messenger は企業に提供され、自然言語処理機能を利用したボットが企業の問い合わせ窓口として利用可能となる。ボット開発可能な「Messengger Platform」ベータプログラムも提供が開始しされている。今後は企業ベースの普及を図り、ボットの広告メッセージに課金していくという。
マイクロソフトはりんなのほか「Tay(テイ)」などのAIアカウントをSNS上で稼働させている実績がある(Tayは実験公開の直後、アタックにより暴走。差別的な発言を繰り返すようになったため公開が中止された)。クラウドサービスの「Azure(アジュール)」を持っていることもありオールインワンのボット作成サービスを提供しやすいポジションにある。
マイクロソフトが2016年3月に公開した「Microsoft Bot Framework」は、既存のボットをSkype(スカイプ)やSlackなどと連携させることはもちろん、オープンソースの「Bot Builder SDK」でボットを作ることも可能。作ったボットはルールベースの自然言語解析や機械学習で進化させていくこともできる。Microsoft Bot Frameworkページには、発表当日にもデモしたPizzaの注文を受け付けるボットの会話の流れが表示されている。
コグニティブ(認識)システムと呼ばれるIBMの「Watson(ワトソン)」は、登場当初クイズ番組の回答者として名を売った。各種ユーザーインターフェイスからWatsonのAPIを利用することで、人間らしい応答が可能だ。米国ジョージア大学では、2カ月間学生のサポートをするメンターをWatsonに務めさせたが、誰もコンピュータだとは気づかなかったという報道もあった。
WatsonのAPIは日本語化されており、IBMのPaaS ※2である「Bluemix ※3」から利用できる。自然言語処理におけるWatsonの優秀性は、「Pepper(ペッパー)」をはじめとしたいくつもの事例から明らかで、今後各種プラットフォームで作られるボットのバックエンドAIとして利用される機会が増えていくだろう。
日本発のボットとユーザーインターフェイスとしてのロボット
日本国内に目をやると、NTTドコモとインターメディアプランニング(IPI)が提供する対話式ボットをプログラミングなしで作成できるプラットフォームの「Repl-AI」がある。登録からシナリオ作成・編集までをメニューで行えるが、実際のメッセージングサービスへの連結部分はないため、自作の必要がある。ユーザーローカルが3000人限定で無料提供する「人工知能ボットAPI」はオールインワンのシステムで、数十億件のテキストデータをディープラーニングで登録したAIを使い、メッセージに合わせた返答を自動生成できる。LINE、Facebook、Twitter、Slackに対応したボットを作成することが可能だ。
本記事執筆時にはまだこのAIを評価できるほどの情報は出てきていないが、こうしたオールインワンのソリューションの使い勝手の良さや優秀さが今後ボットを作ろうとするユーザーに求められるようになるのは想像に難くない。このフィールドでどれだけ優秀なボットツールを提供できるかの競争になるだろう。
ボットは基本的にはテキストベースだが、Watsonの「Speech to Text」と「Text to Speech API」のような仕組みをバックエンドにも持っていれば、音声による会話も可能だ。その場合、ユーザーインターフェイスとしてはPCやスマートフォンばかりでなく、ロボットの可能性もある。
Pepperは独自の会話エンジンを持っているが、WatsonやAzureと連携することで、より自然で高度な会話が可能になる。また、グーグルは「Google I/O 2016」で音声アシスタントの「Google Assistant」と家庭における音声認識デバイス「Google Home」、そしてチャットアプリの「Allo」を発表した。先行する独自の音声アシスタントの「Alexa」を持った「Amazon Echo」やこのGoogle Homeなど一種のロボットが将来的にはこのジャンルのシェアを取るのかもしれない(アップルの対抗製品登場も噂されている)。
PCからモバイルへ、そしてロボットへというユーザーインターフェイスの拡大も含め、ボットの活用はいまスタートラインについたところだ。今後、爆発的な利用拡大が予想される。
【用語】
※1 API(エーピーアイ=アプリケーション・プログラミング・インターフェイス):特定のコンピュータプログラムの機能やデータを、外部のプログラムから呼び出して利用するための手順やデータ形式を定めた決まりのこと。
※2 PaaS(パース=プラットフォーム・アズ・ア・サービス):クラウドで提供される、プログラムやシステムの開発環境。リソースの使用量変化や外部連携などが柔軟に行える。
※3 Bluemix(ブルーミックス):IBM が提供するクラウド型プログラム開発環境。多数のAPI が用意されていて、効率的な開発が可能。
(「TheROBOT イノベーション×ビジネス」2016年7月号に掲載)
(2016/10/28 05:00)