[ 機械 ]

最先端の切削加工技術に応える工具・ツーリング

(2016/11/1 16:00)

 切削加工は多くの製造業分野で欠かせない加工技術である。切削加工の原理は、工具切れ刃の輪郭形状を工作機械から与えられる相対的な運動軌跡に沿って、工作物表面に転写する、いわゆる母性原理である。加工中に切れ刃の状態が維持できなければ、仕上げ精度や工具コスト、生産性などに直接影響を及ぼす。したがって工作機械とともに切削工具の進化が極めて重要となる。ここでは最先端の多様なニーズに応える切削工具の技術動向について解説、紹介する。

◇兵庫県立大学 大学院工学研究科 教授 奥田 孝一

  • 図1 切りくずの形態

工具刃先部における切削現象

 図1は金属切削における典型的な切りくず形態である。旋削、フライス削り、ドリル加工など工具の種類にかかわらず、工具刃先における仕上げ面と切りくずの分離域の変形破壊挙動は、刃先近傍でのき裂発生と伝播(でんぱ)、せん断域における塑性変形となる。

 工作物の強度、硬さ、延性、熱伝導率などの性質や切削条件により、せん断変形域における変形抵抗(切削抵抗)、切削熱の発生量、き裂の進展挙動などが変化し、工具の損耗、破損、ビビリ振動などに影響を及ぼす。工具材料自体の硬さ、耐熱性、靱性のような材質は当然ながら、すくい角などの幾何形状や切れ刃の鋭利さ、コーティングの種類などが工具性能を大きく左右する。

 最適な工具選定と切削条件決定のためには、工具刃先部における切削現象の理解が重要となる。

航空機材料の高能率加工

 近年、民間航空機産業は今後20年間で300兆円規模の市場となるとも予測されている。航空機製造においては、チタン合金、インコネル、ステンレス鋼、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)などの難削材料やアルミニウム合金の高能率切削加工、すなわち高送り、深切り込み、高切削速度による高生産性の実現が国際競争力を高めるための大きなカギとなる。

 インコネルやハステロイのような耐熱合金の切削では、例えば窒化ケイ素系セラミック(サイアロン)エンドミルによる高速加工の事例が欧州国際工作機械見本市(EMO)などの見本市で紹介されている。またサイアロンのインサートを用いたフライス工具も市販されており、高速ミーリングが実現されている。

 サイアロンは1000度C以上の耐熱性があり、工作物の軟化温度領域での加工が可能となることから高速切削が可能となっている。セラミックス工具の場合、工具研削によるエッジ部のマイクロクラック残留が工具のチッピング、破損につながっていくが、高品質な工具研削技術が確立されてきたことが大きい。さらには刃先形状や溝形状の工夫により耐欠損性の向上、切りくず排出性の向上がはかられている。

  • 図2 ラフィング型エンドミル

 高送り可能な荒切削用工具として、ラフィング型のエンドミルが開発されている。図2に示すように、外周刃に凹凸の溝がつけられたものである。回転すると、凹のところに次の山の凸部が来るように設計されており、切りくずがつながらずに細かく分断されること、油剤が凹部に入り込み、冷却・潤滑効果が高まるといった効果がある。

 また軸方向、半径方向に大きく切り込んで切削抵抗が大きくなる場合でも、ビビリが生じにくいというメリットがある。しかし外周刃の当たる範囲が少なくなる浅い軸方向切り込みでは、効果は低いと考えられる。

振動抑制工具

 航空機部品では細長い工具で薄肉構造に削り出して軽量化を図るものが多数ある。このような加工では、ビビリ振動が大きな課題となる。ビビリ振動が抑制できれば、加工能率の大幅な向上が期待できる。ビビリ振動には、強制ビビリ振動と自励ビビリ振動があるが、切削加工中における多くは、自励ビビリの一つである再生型ビビリ振動である。

 振動抑制を目的とした工具では、不等リード角・不等ピッチのエンドミルが各社から市販されている。これにより切削抵抗の周期性が変化し、再生型ビビリ振動を抑制している。またシャンク内部に防振ダンパーを組み込んだ防振機構内臓ボーリングホルダーも市販されている。

高圧クーラント対応工具

  • 図3 エンドミル加工におけるバリの発生

 切りくず処理やバリ取りは、高能率加工に対して大きな障害となる。チップブレーカーでも切断困難な切りくず生成に対しては、20メガパスカル以上もの高圧で油剤を噴射できる工具あるいはホルダーが各社から市販されている。

 これらは基本的には切りくず処理性を向上させることを目的としたものである。工具の摩耗抑制、長寿命化についても効果があるという報告もあるが、明確ではない。

 高圧クーラント供給切削をするためには、これに対応した特別な設備が必要となるが、油剤の噴出のさせ方を工夫することで、通常の圧力でも冷却能力を高めたホルダーが開発されている。

 図3は筆者らがチタン合金をエンドミルにより溝加工した場合のエッジ部にできたバリの観察写真を示す。ドライ切削では非常に大きなバリが発生し、通常圧力による油剤供給では大きさが小さくなっているもののバリの発生が見られるのに対して、7メガパスカルの高圧供給(工具内部からではなく、外部から切削点への噴射)では、バリの発生が小さくなり目視では確認できないほどになった。

ハードターニング

 従来、熱処理後に研削仕上げしていた高硬度部材を直接切削で仕上げたいというニーズが拡大している。比較的単純な円筒形状に対しては従来の研削加工が可能であるが、標準砥石(といし)の適用が難しい形状では切削加工で行うのが望ましい。

 いわゆるハードターニングを行うためには、十分な硬さを持つ工具でなければならない。これには立方晶窒化ホウ素(cBN)焼結体工具が用いられる。例えば、焼入鋼(S53C、HRC58-63)をcBN焼結体工具により、切削速度毎分150メートル程度の実用レベルで乾切削可能となっている。

 硬い素材であれば超硬合金ガラスレンズ金型の切削仕上げのニーズも高まっている。一般的には放電加工、研削加工、磨きの順に加工が施されるが、小径非球面レンズ金型では研削砥石のツルーイング、ドレッシング作業や研磨作業は容易ではない。

 この工程を切削加工のみで、すなわち磨きレス加工を行うために、単結晶ダイヤモンド工具が用いられたが、工具寿命の点で実用上の問題があった。鋭利な切れ刃を保ちながら、耐欠損・耐摩耗性を持つナノ多結晶ダイヤモンドが開発され、応用範囲が広がりつつある。

超精密・微細切削工具

  • 図4 極小径エンドミル加工例

 スマートフォンなどの高機能製品は小型化が急速に進んでおり、それに伴って金型や部品の微細精密加工のニーズが広がっている。切削加工は転写の原理であるため、微細形状部品を加工するためには、微細工具が必要となる。

 最小径数10マイクロメートルという極小径エンドミルが市販されている。コーティング超硬、cBN、多結晶および単結晶ダイヤモンドなどのスクェア、ボール、ラジアスエンドミルが微細金型などの加工に供されている。

 図4は筆者らの微細加工のサンプルで、直径30マイクロメートルのエンドミルで米粒表面に微細溝加工を行った例である。

おわりに

 工業製品の多様化、高度化により、それに対応できる固有の切削技術の発展とともに、グローバル競争の視点からも、今後ますます高度化した切削工具が多数開発されてくるものと考えられる。ここでは現状の一部を紹介、解説した。

 しかしながら多様化、高度化した工具から最適工具をいかに選定するか、最適切削条件をいかに選定するかが問題になってくる。各工具メーカーは膨大なカタログデータを示しているが、ユーザー個々のニーズを満足させる最適条件を示せることが望まれる。

(2016/11/1 16:00)

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