[ オピニオン ]
(2017/4/9 23:30)
観光客で賑わう米サンフランシスコのウオーターフロントにデザイナーやアーティストが集うデジタルモノづくりの拠点施設があると聞いて、見に行ってきました。CAD大手の米オートデスク(カリフォルニア州サンラファエル)が2013年6月にオープンさせた「ピア9」というワークショップがそれ。名前の通り、サンフランシスコ湾に突き出た埠頭(ピア)の港湾施設をそっくり使っていて、通りから建物を見ただけでは、中で先端モノづくりが行われているなんて思いもつきません。
オートデスクが運営するメイカーズ・コミュニティー・サイト「インストラクタブルズ」のマスコット・ロボットに出迎えられて玄関を入ると、1階左手にはウオータージェット切断機、塗装ブース、工作機械、木材加工機械などがずらり。松浦機械製作所の5軸制御立て型MC「MX-330X」もありました。こうした設備を利用する外部のアーティスト、デザイナーの皆さんは昼時でちょうど食事中でしたが、自分たちがオートデスクのCAD/CAMで設計した作品を自由に加工できるようになっています。
建物は2階建てで、床面積は3万5000平方フィート(約3250平方メートル)。かなり広い。ここでの「アーティスツ・イン・レジデンス」というプログラムでは、オブジェや作品を作るアーティスト、デザイナー、メイカーズの人たちを募り、4カ月間にわたってソフトウエアや加工機械を活用することができます。アーティストは2グループあって、人員はそれぞれ14-16人。
2階に上がると、3Dプリンターのフロア。金属プリンターはないが、樹脂の3Dプリンターでは、米ストラタシスのオブジェットが5台、同じくフォーティスが3台。パウダーや、紙を素材にする3Dプリンターも1台ずつ、それにオートデスクの光造形3Dプリンター「エンバー(Ember)」や、レーザーカッターも置いてあります。3Dプリンターの部屋の先には、プリント基板などを作製するためのエレクトロニクス・ラボ、服などの縫製エリアも。この2階の窓から見えるサンフランシスコ湾の眺めが何とも素晴らしい。
これだけ充実した設備だけに、アーティストはオートデスクに使用料を払っているのかと思いきや、逆に月々2000ドルの給付金がもらえるとのこと。同社のソフトウエアを使ったり、完成作品を「インストラクタブルズ」に掲載したりすることで、アーティストやメイカーズのコミュニティーでのオートデスク製品の普及PRという狙いもあるのでしょうが、「当社の製品を極限まで使い込んでもらい、使い勝手や要望をフィードバックして改善に役立てています」と広報担当のジル・マクチェスニーさん。
では、なぜこんな風光明媚な一等地にワークショップを設けたのでしょうか。それにはサンフランシスコ市港湾当局の意向が強く働いています。19世紀に産業や製造業が立ち上がり、20世紀にはエンジニアリングと海運業で栄えた歴史ある地域。そこに21世紀に見合うハイテクデザインやデジタルモノづくりの新産業拠点を誘致していく上で、ピア9ワークショップのようなプロジェクトは打って付けだったと言えるでしょう。
一方で、今回は見学しませんでしたが、この施設には同社の「バイオ/ナノ研究グループ」も入居しています。機械設計や建築向けのCAD、メディア・娯楽向けのコンピューターアニメーションソフトなどで知られるオートデスクですけれども、実際にはさまざまな分野のモノづくりソフトウエアに事業領域を広げようとしています。
ナノロボットが体内でがんをやっつけたり、3Dプリンターを使って生体素材から人工臓器や人工組織を作り出すような未来を見据え、そのための設計ツールを提供していくというもの。プロジェクトとしては、たんぱく質などの分子構造を3Dで可視化する「モレキュラー・ビューワー」や、生体素材を3Dプリントするバイオプリンティング、バイオ企業と協力し、生体組織に馴染む合成樹脂を足場材として幹細胞で骨を増やす生体組織工学への取り組みも進める。また、「ジェネティック・コンストラクター」といった遺伝子工学の設計ツールも開発しています。
実はこれだけではありません。未来学者でバイオ/ナノ研究グループの卓越研究者を兼任するアンドリュー・ヘッセル氏は、ノーベル賞候補にも名前が挙がるハーバード大学のジョージ・チャーチ教授(遺伝学)らとともに2016年6月、「ヒトゲノム合成計画」(Human Genome Project-Write)の立ち上げを米サイエンス誌上で発表しました。
日本も参加し、2004年に完了した国際プロジェクトの「ヒトゲノム計画」は、人間を構成するゲノム(全遺伝情報)の塩基配列をシーケンサーという機械でひたすら「読む」取り組みでした。それに対し、今度は合成生物学やゲノム編集といった最先端の知見を生かしつつ、新たにゲノムを「書く」ことで、例えばウイルスやがんなどに耐性を持った移植用臓器を設計したり、ワクチン開発を効率化するヒト細胞を低コストで作るような、野心的な試みとなっています。
ともあれ、「メイク・エニシング(Make Anything)」(何でも作る)という大胆なキャッチフレーズを掲げるオートデスクは、もはやCADという範疇には収まりきれない存在になろうとしているのでしょうか。確かに、CADに縛られれば市場性は限られますが、モノづくりのありようがダイナミックに変容していく中で、新しいモノづくりを支えるためのさまざまなツールを提供し続ければ市場は広がり、同時に未来も変わっていく。もしかすると前出の「エニシング」には「未来」という意味合いが含まれているのかもしれません。
次回は同社サンフランシスコ事務所のギャラリーを訪ねます。
(デジタル編集部・藤元正)
(2017/4/9 23:30)