[ オピニオン ]

【電子版】デジタル編集部から(50)内閣府・経産省参与、齋藤ウィリアム氏に聞く(下)企業経営

(2017/6/5 05:00)

  • 齋藤ウィリアム氏(撮影:成田麻珠)

付加価値生むソフトウエア

《IoT(モノのインターネット)ではセンサーなどもカギになります。日本にはこうしたハードウエアに強みを持つ企業も多いですが》

半導体、通信、センサー、ストレージといったパーツでは世界で競争できる会社が日本にはある。ただ、そうした分野は何もしなければムーアの法則で2年ごとに値段が半分になる厳しい世界。それらを組み合わせながら付加価値を付けていくのがソフトウエアだ。今の時代の付加価値は、モノづくりからソフトウエアにシフトしてきている。それができないと利益率の低い部品メーカーで終わってしまうのではないかと懸念している。

《下請けのパーツ屋になってしまうと?》

もうなっている。例えば、日本メーカーのスマートフォンとアップルのiPhone(アイフォーン)とを比べてみた場合、パーツ、センサー、ストレージの組み合わせなどはほぼ同じ。ただ、片方は非常に人気で、もう片方はそれほどではない。では何が違うのか。パーツの差ではない。ソフトウエアが違う。

モノづくりでは日本が結構リードしたが、リードを失うのはソフトウエア段階で付加価値を出すとき。IoTでもソフトウエアが勝負という点が大きい。ビジネスモデルを変えていかなくてはならない。

ビジネスモデルを変える

IoTのビジネスとしてよく引き合いに出されるのが航空機エンジンの保守サービスだろう。エンジン1台に5000個くらいのセンサーが付いていて大量のリアルタイムデータを収集する。IoTを使い、エンジンメーカーはエンジンを売るビジネスからマイルを提供するビジネスに変わった。これによって、いちいちエンジンを買わなくても航空ビジネスが成り立つということで、格安航空会社(LCC)が生まれた。どうビジネスモデルを変えていくかという視点を持たないと、IoTが始まる前からすでに後れを取ることになりかねない。

一方で、自動車は部品の品質を作り込み、大量の部品を組み合わせて製造されるが、カンバン方式で指示通り作りなさいというやり方が、逆に産業を弱くしてしまう部分もある。ボッシュやコンチネンタルというドイツの自動車部品大手は最初からIoTの可能性に気付き、パーツをシステムやプラットフォーム(基盤)にしていく戦略を取る。ソフトウエアを連携させ、付加価値の創出に何年もかけて取り組んでいる。

《ソフトウエアの重要性は日本企業もよく理解していると思いますが》

モノづくりがあまりにはまりすぎているため、見えない部分に弱いところがある。モノづくりは手で触れられるのに対し、ソフトウエアは見えないので日本では妙に価値が低い。そこに価値があると理解しないのは非常に不利だ。職人さんが加工面のわずかな凹凸を手で触れてわかるというのは確かに素晴らしい。ただ、機械やロボットで精密に加工できてしまう時代なので、ハードウエアで付加価値を上げるのがだんだん難しくなっている。

「スピンイン」の取り組みを

《ソフトウエアはある程度トップダウンで取り組まなくてはいけないとは思いますが、日本企業はトップダウンや、組織を超えた連携が弱いのでしょうか》

特に日本企業はポスト・マージャー・インテグレーション(M&A成立後の統合プロセス)が弱い。お金を投資したり、研究所を作ったりする「ピッチャー」の役割は好きだが、「キャッチャー」の機能がなっていない。企業を買収した後、放置してしまう例さえある。シリコンバレー企業はその逆。シスコシステムズが典型的で、買収先をどんどん「スピンイン」(外部企業を取り込んで自社の新事業創造の手段に役立てること)している。日本ではM&AのA(買収)しかなく、M(合併)の部分を忘れている。自動車や電機などの大企業が買収後に苦労しているが、企業文化や理念を変えないとうまくいかない。

ソフトウエアやIoTの活動もM&AのMに似ている。縦割りではなく、さまざまな部署がチームワークで連携を取りながら進めていかなくてはならない。

スピードと多様性

それと、今の時代、大事なのは、いかに早く市場に出すかという「タイム・トゥー・マーケット」。永遠に議論して完璧にやろうとしても、その間に市場が変わってしまう場合もある。日本の大企業はミクロで失敗したくないあまり、マクロ的に失敗している。それに気づいていないのが残念だ。対して、中国の広州などは日本と全く違い、モノづくりの取り組みが極めて早い。

IoTでもそうだが、ソフトウエアが優れているのはファームウエアのアップデートで機能を変えられる点。日本はモノを作るのに長々と議論を続ける。米国ではえいやでやってしまって、あとはファームウエアで修正する。時にはやりすぎる場合もあるのだが。思うに、こうした両者の中間ぐらいのアプローチがあってもいいのではないか。

《齋藤さんの目から見て、頑張っている日本企業を挙げるとしたらどこですか》

まず日立製作所だろう。失敗したり冒険したり、自分でリスクを取りながらチャレンジする経営人材の育成に積極的に取り組むなど変化してきている。

シリコンバレーとの比較で言うと、日本のイノベーションの定義は古い。言葉の認識が間違っていて、イノベーションをインベンション(発明)と勘違いしている。インベンションはお金をたくさん使ってアイデアを生むこと。これは日本が得意とするところで、最近では毎年のように自然科学分野のノーベル賞を受賞している。イノベーションは全く違い、アイデアをお金にすることだ。

とはいえ、アイデアの多様性も圧倒的に足りない。9.11の後の米議会の委員会で、テロリストが今後どういうテロを仕掛けてくるかというブレーンストーミングをやった。参加して驚いたのは、そこにスティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスといった映画監督も呼ばれていた。現実的かどうかは別にして、いろいろなアイデアを彼らが出していた。もちろん危機管理の専門家も出席していたが、大事なのは多様性を取り入れながら議論するということだ。

そして多くの著名な起業家が1回目は失敗し、その失敗をもとに経験を積んで2回目で成功していることにも注目すべきだ。「フェイル・ファースト」とか「フェイル・フォワード」というように、失敗を恐れずに果敢に挑戦していく姿勢が大切だ。

【略歴】

1971年米ロサンゼルス生まれ日系2世の起業家。ベンチャー支援コンサルタント、暗号・生体認証技術の専門家。指紋認証などの生体認証暗号システムを開発し、160社以上の企業とライセンス契約を締結。04年に会社をマイクロソフトに売却後、05年に拠点を東京に移して、07年に株式会社インテカーを設立。日本再生に必要なリーダーシップやチームづくりを訴え、スタートアップ企業の育成を手助けするとともに、世界各国の政府機関への協力、企業研修、政策提言など幅広く活躍している。13年12月、内閣府本府参与に就任。15年6月からパロアルトネットワークス株式会社副会長。2016年10月、紺綬褒章を叙勲、経済産業省参与に任命。

【インタビューを終えて】

自らも起業家で、スタートアップの育成支援にも携わる齋藤さんの目からすると、日本企業の取り組みはまだまだ手ぬるいものに映るらしい。対照的に、ICTの急速な進展で国内の経済格差拡大が懸念されますが、アグレッシブさとスピード感で世界市場にのし上がってきているのが中国企業。こうした危機感が齋藤さんを突き動かし、すでに人生の成功者で日本に永らく滞在する必要がないにもかかわらず、自身がルーツを持つ国の産業を変え、再生に貢献しようと奮闘しています。近い将来は、IoTや人工知能(AI)の本格普及で市場や経営環境の激変も予想されるところ。彼の厳しい指摘に真摯に耳を傾けつつ、企業自らがスピード感を持って変化を主導する存在に変わっていかなければ、新たな時代を切り開くのは難しいと感じました。(デジタル編集部・藤元正)

(2017/6/5 05:00)

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