[ オピニオン ]

【電子版】デジタル編集部から(51)グーグルの二の舞はごめん、ロボット2社を買収するソフトバンクへの期待と懸念

(2017/6/11 20:30)

日本企業で過去最高額となる大手半導体設計会社、英アーム(ARM)ホールディングスの買収、さらに先月明らかになった画像処理半導体(GPU)メーカー、米エヌビディア(Nvidia)への40億ドル規模の大型出資。これに続き、孫正義社長率いるソフトバンクグループ(SBG)が、またもや大胆な買収劇で世界をあっと言わせました。

それも今度の交渉相手はグーグル親会社の米アルファベット。同社が保有するロボット開発会社の米ボストン・ダイナミクス(Boston Dynamics = BD)と東京大学発ベンチャーのシャフト(Schaft)の2社を買収することで合意したと9日発表しました。

SBGがなぜ、これら2社の買収に動いたかというと、人工知能(AI)を活用したスマートロボット事業を重点分野と位置付けているため。スマートロボットに2社が持つ2足歩行ロボットなどの技術を採り入れながら、頭脳でも実動作でも優れた次世代ロボットの実用化を進める方針のようです。 ただ、相次ぎロボット企業を買収したグーグルでさえ事業化に失敗した案件でもあり、人型ロボット「ペッパー」で実績を積んだSBGがどれだけ本領を発揮できるか、注目されるところです。

そもそも先進的なロボット技術を保有するBDとシャフトをめぐっては、昨年来、トヨタ自動車が買収交渉に動いているという報道がもっぱらで、あとは時間の問題と自分でも思っていました。今回の買収条件は非公開ということで、何が買収合意の決め手となったのかはわかりません。たぶん、買収金額あるいは買収後の研究開発の自由度の確保、技術成果の取り扱い、実用化の方向性などのいずれかで、SBGの提案が先方に受け入れられたということなのでしょう。

「ソフトバンク」「ロボット」で、すぐに頭に浮かぶのが感情認識機能を持った人型ロボットの「ペッパー」でしょう。2012年に仏アルデバラン・ロボティクスを買収、その技術を使って開発を進め、ちょうど3年前の14年6月5日に発表しました。ただ、オフィスの受付や店舗に置かれているペッパーは身振り手振りで気軽に会話に応じてくれますが、2足歩行ロボットではありません。いろんな方向に動ける本体底部のホイールを回転させて水平移動する方式をとっています。

方や今回の買収対象となる2社とも2足歩行ロボットの技術を保有しています。13年12月に米フロリダ州で開催された米国防総省高等研究計画局(DARPA)主催の災害ロボット競技会「DARPAロボティクスチャレンジ(DRC)」の予選(トライアルズ)。グーグルによるシャフト買収が明らかになったのはその2週間ほど前のことでしたが、競技会ではシャフトが参加16チーム中で唯一、全競技で得点を獲得して1位となり、技術力の高さで俄然注目されました。

ちなみにDRCの責任者を務めたギル・プラット氏は、DARPAからトヨタが16年1月にシリコンバレーに設立したAI研究会社「トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)」に移り、現在はCEOを務めています。

シャフトに比べてBDの方が世界的な知名度は上ですが、同社はもともとマサチューセッツ工科大学(MIT)発のベンチャー。軍事関連での荷物運搬などを目的にした4足歩行の「ビッグドッグ」から、イヌ型ロボットの「スポット」、不整地でもバランスをとりながら人間のようにスムーズに2足歩行する新型「アトラス」など、ちょっと不気味なロボット開発で広く知られています。

最近では、2本のアームを持ちながら、底面の2個のホイールを回転させて高速で自由自在に動き回る「ハンドル」というロボットの映像が動画サイトで公開され、滑らかで、かつ未知の生物のような動きが「悪夢に出てきそう」と話題になりました。

そして、これら2社を含め、グーグルでロボットベンチャーの買収に関わったのが、スマートフォン用OS「アンドロイド」を開発したアンディー・ルービン氏でした。スマホのOSに「アンドロイド」という名前を付けるほどロボット好きのルービン氏はグーグルのアンドロイド部門担当上級副社長を努め、13年12月には新設のロボット部門のトップに就任。大胆にもBDやシャフトを含め、立て続けにロボットベンチャー7社の買収に踏み切りました。

ところが、9年間勤めたグーグルを14年10月にルービン氏が退職すると、ロボット事業での基本計画の行き詰まりと、同部門での求心力の低下が明るみに。本社所在地も狙いもバラバラな、複数の買収先企業をしっかり束ねた上でのシナジー創出の難しさが浮き彫りになりました。

当然、SBGとしてはグーグル、アルファベットの二の舞は避けたいところ。そして今回の買収での懸念材料の一つが、果たしてSBGと買収先2社とで方向性をきちっと合わせ、次世代ロボット実現に向けたシナジーを生み出せるかということです。アルデバラン以外にも、SBGはロボット企業を持っていて、15年には倉庫ロボットを開発するシリコンバレースタートアップ、フェッチ・ロボティクス(Fetch Robotics)のシリーズAの資金調達で2000万ドルを投じています。

実は9日のSBGのニュースリリースを見た時、多少の違和感を感じました。見出しや孫社長のコメントを含めBDについての言及ばかりで、シャフトの買収については最後の段落でおまけ程度に出てくるだけだったからです。明らかに両社の扱いに差を付けている。これはBDの技術をシャフトの上と見ているためかもしれませんが、独立心旺盛でプライドが高く、アルファベットと方向性の違いで対立したマーク・レイバート創業者兼CEOはじめBD側への配慮とみることもできるでしょう。

そして2番目の懸念が、2足歩行ロボットの事業化の難しさです。ロボット事情に詳しいテクノロジーニュースサイト、IEEEスペクトラムも「我々の知りうる限り、BDもシャフトも短期間で商業化の可能性があるロボットを持っていない」と指摘しています。

確かに2足歩行ロボットは、クルマや車輪移動型のロボットでは行けないような不整地あるいは段差のある場所でも、人間と同じように歩き回れる利点を持つ。その一方で、開発や製造が難しく高価な上、転倒のリスクがあり、常にバランスを取り続けなければならないため電力消費も大きくなりがち、といった課題も抱えています。

今後のAIとIoT(モノのインターネット)市場の隆盛を見越し、そのハードウエアの中核となる半導体分野に相次いで楔(くさび)を打ち込んだSBG。ロボット分野でも「スマートロボティクスを次の段階に推し進める」(同社のニュースリリースより)というビジョンの実現に向けて、世界トップクラスの人材や技術の取得を貪欲に進めています。

希望的な観測をすれば、(利益はともかく)何よりペッパーというビジネスでの先行事例が大きい。そして、孫社長のトップダウンでの経営手法と将来ビジョンの存在が、ロボット事業でつまづいたアルファベットとは大きく異なる点と言えるかもしれません。

(デジタル編集部・藤元正)

【2016年4月に公開されたシャフトの新しい2足歩行ロボット】

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