[ 機械 ]

【型技術】熟練技能者の視点を受け継ぐ-AIを活用した金型づくりへの挑戦/熟練技能者の気づき力

(2017/7/6 13:30)

  • 図1 現場における価値創造サイクル

新たな価値創造に結びつく気づき力が現場力を向上させる

 前回、技能伝承において若手の「気づき力」の向上が重要なポイントであると述べたが、今回はこの気づき力について深く考えていきたい。以前より、国内製造業の「現場力」が衰退していることがよく言われているが、当社もコンサルティング支援を通じさまざまなモノづくりの現場に携わった中で、このことを切実に実感しており危機感も感じている。現場力といってもさまざまな要素が考えられるが、ここでいう現場力とは日本のモノづくりが強みとしてきた、新たな価値を生み出す自発的な改善アイデアや創意工夫のことである。

 国内製造業の現場力が衰退している理由は、バブル崩壊以降の「失われた20年」における企業のモノづくり戦略のまずさも要因の一つであると考えている。現場を単なるコストセンターと位置づけ、投資の基準を効率化やコストダウンに傾倒しすぎた。そのため、現場の強さの本質であった「新たな価値を生み出す現場力」をどのように継承していくかという課題にきちんと向き合い、かつ積極的な投資ができていなかったことが、今日の現場力の衰退を招いたと考える。

 このような背景の中、当社では気づき力の向上が、国内企業の現場力を再び取り戻すためのカギとなると考えている。日々の業務をいかにこなすかというだけの思考から、良質な気づきによって新たな価値を生み出す思考サイクルへの転換が現場力向上につながるのである(図1)。

【㈱O2 調達・生産ディビジョン マネージャー 雲宝広貴/同 ソリューションコンサルタント 船越大生 】

熟練技能者の気づき力

 日々業務にまい進しているにもかかわらず、モノづくりの現場で若手が一人前になるまでに10年、20年かかる。その理由として、特定スキルの習得に時間がかかることもあるが、仕事における勘所に“気づけない”もしくは“気づくのが遅い”といったことが、熟練技能者と異なる重要なポイントではないかと考えている。これは心理学でいうところの「カラーバス効果」であると考えており、「自分が意識していることほど、それに関係する情報が自分のところに集まってくる」という現象である。

 熟練技能者も若手も、業務に取り組んでいる最中は常に何かしらの情報を得ているはずである。熟練技能者は長年の経験に基づいて有用な情報のみを選んで得ている、もしくは得ようと工夫していると思われる。一方、若手は比較的重要でない雑多な情報も受け取ってしまっている。人間が一度に処理できる情報量はそれほど多くないため、重要な情報が抜け落ちてしまうことが、たびたび発生してしまうのである(図2)。この気づき力の差が熟練技能者と若手の仕事の質(QCD)の差につながっており、若手でも良質な気づきを得られるようにすることが技能伝承のポイントであると考えている。

  • 図2 「カラーバス効果」による熟練者と若手の気づき力の差

高い「改善意識」が気づき力向上のPDCA につながる

 熟練技能者と若手の気づき力の差は、経験の差が要因であることは間違いないが、それ以外にも「よりよくしよう」という高い改善意識も重要な要素であると思われる。いくら経験があっても、事前に有用な情報を得て手戻りをなくそう、品質を向上させようなど改善の意識をもたない限り、良質な気づきは得られにくいと思われる。

 模範となる熟練技能者は毎回高い改善意識をもって仕事に臨むからこそ、良質な気づきにつながる有用な情報に敏感となる。そして、気づけずに目論見どおりいかなかった仕事に関しては、同じことを繰り返さないようにきちんと自己フィードバックしているのである。

 したがって、単なるテクニックの領域だけでなく、仕事に対する高い改善意識といった「プロとしての姿勢」を併せもつことが必要である。自動化やデジタル化の話が先行する現在において、「心技一体」でこそよい仕事ができるということも、若手に伝えていくべき重要事項ではないだろうか。

IBUKI における熟練者と若手の気づき力の可視化・検証

 熟練者と若手の気づき力の差が結果の良し悪しに影響するという仮説に対し、当社のグループ会社である射出成形用金型メーカーの㈱IBUKI において可視化・検証した事例を紹介する(図3)。対象は成形工程における初回トライ時の成形条件設定プロセスとし、熟練者と若手が同じ成形品に対して同じ作業を行うこととした。

  • 図3 IBUKI における成形条件設定時の熟練者と若手の気づき力の差検証結果

 ショートサンプルから徐々に条件を追い込んでいる途中で、体裁面にNGレベルのムラが発生した。その後の対応として、熟練者はまずムラを改善することを選択したが、若手はムラを後回しにしていったんフル充填させることを選択した。その結果、熟練者は手戻りなく良品がとれたが、若手は後でムラを改善するときに再度ショートショットが発生してしまい、かなりの手戻りが発生した。ムラという外観不具合への対応方法に対して熟練技能者と若手の気づき力の差が生まれ、それが結果の良否につながったことが可視化できた。

 通常、このように同じ成形品で同じ作業を熟練技能者と若手で比較することはないため、「もっとよい方法があったのかどうか」に気づきにくいが、今回の結果を見た若手はとても納得しており、技能伝承に活用できるヒントが得られた。今後の課題は、この気づき力の差を埋める仕掛けを熟練ノウハウのデジタル化過程で盛り込むことであり、そのために熟練者の“気づきロジック”を可視化することが必要となる。

良質な気づきとは何か?

 気づき力の向上が技能伝承に有効であることは検証できたが、問題はどんな気づきを与えるべきかということである。何でも気づけばよいわけではなく、よりよい結果につながる良質な気づきとは何かを定義しておくことが重要である。しかし、やみくもに熟練技能者にヒアリングをしても、普段は無意識のうちに気づきを得ていることが多く、何が良質な気づきとなるのか明快な回答は得られにくい。まずはどんな視点で定義していくか、どのくらいの抽象度で問題を捉えるかの方針を明確にしておくべきである。

 技能伝承においては、1要素の作業のうまさという「点」で捉えるのではなく、業務全体を「面」で捉えて熟練技能者の巧みさを抽象化・パターン化して可視化する進め方が適切であると考える。

 次回は、伝統芸能である「文楽」への取材を通じて、技能伝承のポイントとなる良質な気づきのヒントを探っていく。

型技術 2017年4月号より

→ MF-Tokyo2017特集

(2017/7/6 13:30)

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