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【電子版】マーケティングの出番ですか?(17)時空を超えて現代に蘇る漢字(古代文字)のストーリーとデザイン―福島県喜多方市のある書家の取り組み

(2018/1/27 07:00)

前回に引き続き、ストーリーのあるデザインについて、グラフィックデザイナーである筆者が強い影響を受けた人物のお話しをします。

“樂篆家(らくてんか)”との出会い

数年前に、あるきっかけから、蔵とラーメンで有名な福島県の喜多方市を拠点に活躍されている、高橋政巳(たかはし・まさみ)氏という書家にお会いすることができました。氏は自らを「書家」ではなく「樂篆家(らくてんか)」と名乗られ、魅力的な漢字や古代文字の書を用いた様々なご活動をされていた方です。

最初の出会いは、高橋先生の作で、会津喜多方のある清酒メーカーの日本酒のラベルになった「ならぬことはならぬものです」という、会津藩士の「什の掟(じゅうのおきて)」の書を見た時です。それを見た瞬間、思わず一文字一文字から伝わる味わい深さや秘められたやさしさ、そして何よりもデザインとして優れた文字であることに感動しました。

高橋先生は書画展の審査員を始め、講演、小学校での特別授業、そして作品制作など多忙を極める一方で、喜多方市内にある樂篆工房というご自身のギャラリーと店舗を兼ねた工房では、来訪者ひとりひとりの名前を短冊に書かれ、その漢字の由縁もお話してプレゼントされるという、漢字、古代文字を通じた心の触れ合いを大切にされていました。その数は工房の来訪者、講演やイベント会場での来場者を合わせると20万件を超えると聞いています。

高橋先生はこの他にも蔵とラーメンのイメージだった喜多方に、新たに「漢字のまち喜多方」という魅力的なコンテンツを創造し、文化的、教育的視点からの街おこしにも尽力されました。

例えば、今、喜多方市の中心街を歩けば、店の軒先に高橋先生が古代文字で書かれた桐の板の看板が目に留まります。その数は200軒を越え、街道の散策路に沿った蔵や古民家の佇まいをいっそう味わい深いものにしています。他のまちでは見られない、喜多方だけの手づくりのまちのサインと言ってもいいでしょう。

漢字は楽しい

筆者は、以前は漢字にあまり興味がありませんでしたが、高橋先生の書かれる(描かれる?)温かくて、時にはユーモラスな表情の、まるで絵画の様な書に出会ってから、そのデザイン性とストーリー性に新たな感動を受けるようになりました。

高橋先生は、ご自身が一番好きだという「響」という漢字の意味を、以下のように説かれています。

・「響」は「郷」+「音」で成り立っている。

・「郷」は食事が置かれたテーブルを挟んで二人の人が向き合って、会話をしながら、楽しく食事をする様子を表している。

・「郷」は、「故郷」とか「場所」とかいう意味合いで使うことが多いが、もとは、いろいろな文化や思いを分かち合う単位を抽象的に表したもの。

・この「郷」に「音」が付いたのが「響」で、ご馳走を一緒に食べ、会話を交わすことで「心が伝わる」という意味を持つ。

・つまり、生の基本的な行為である「食」を通じ、相手を知り自分を伝えるコミュニケーションの根本を表した字である。

心と心が響き合うにはおいしい食事を一緒にするのが一番。二人の人が、ご馳走のおかれているテーブルを挟み、向き合って一緒に食べ、いろいろな会話を交わしている。そうすることで相手を知り、自分を伝えているコミュニケーションの根本を表している字。

(以上、高橋先生の解説より)

思わず「そうだったのか!」と納得させられるストーリー。そのストーリーが3000年以上も遡った時代から、この「響」というたった一つの文字というデザインに込められ、現代社会にも息づいているという。いや、ひょっとして忘れていた大切なものを思い出させてくれているのかも知れません。過去から現在、そして未来にも脈々と伝承される壮大な時空を超えたストーリーに、不思議な時間旅行を体験したような気がしました。

樂篆家は時空を超えた偉大なコミュニケーションデザイナー

高橋先生の頭の中には、このような漢字の意味、由縁が全て網羅され、それらが組み合わさった名前の意味さえその場で図解できるという、膨大なデータが蓄積されていたということです。ある中国人のアーティストからは、「あなたは日本人なのに、なぜ中国人よりも漢字に詳しいのか?」と言われたそうです。

書家の大先生を勝手にデザイナーに例えるのは誠に僭越な話ではありますが、私の目に映る先生の書は、優れたグラフィックデザインであり、且つストーリー性に満ちた豊かなコミュニケーションデザインそのものでした。

と、ここまで高橋先生のことを過去形で書いていることに違和感を持たれた読者もいらっしゃると思いますが、実はそんな先生の訃報が届いたのは、2015年11月のことでした。本当にこれからご一緒にお仕事をさせていただこうと矢先でしたので、悔しい気持ちで一杯でしたが、先生ご本人が一番無念であったと思います。先生の遺志を継いで、何かを伝えていかなければならないと思っています。

読者の皆様で、漢字や古代文字に少しでもご興味を持たれたなら、是非一度、「漢字のまち喜多方」を訪れてください。最近、古代文字の看板をコンテンツとしたミステリーツアー等も人気を博しています。

グローバル化が叫ばれる中、高橋先生が育まれた、このような地域(ローカル)を活性化する独自の文化的なコンテンツが日本各地に生まれ、外国からのインバウンドを招き入れる契機になれば、真の意味のグローバルなコミュニケーションを促進すると思われます。そして、標準化されて行くグローバルマーケティングと、個性が売りとなるローカルマーケティングとのうまい接点が、新しいマーケットを創造する予感がします。

<参考文献>

「漢字の気持ち」 高橋政巳・伊東ひとみ著 新潮文庫

「感じの漢字」 高橋政巳著 扶桑社

(「新製品情報」2016年9月号掲載)

(毎週土曜日掲載)

【著者紹介】

池山悦朗

エンピツ・グラフィックス代表(デザイナー)

1958年生まれ、京都府出身

桑沢デザイン研究所リビングデザイン研究科ID専攻卒業

(株)本田技術研究所、ゼロワンデザイン(株)、日産自動車(株)にて、30余年に渡り先行開発、デザイン企画・調査・戦略・広報など様々な分野のデザインに従事

趣味:ギター・妄想・宅録

<受賞歴>

・グッドデザイン賞 2007/2013

・JCD2007デザインアワード銀賞

・朝日新聞 2014創作時事用語コンテスト審査員特別賞「みうらじゅん賞」

(2018/1/27 07:00)

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