[ オピニオン ]

【電子版】デジタル編集部から(71)デジタルファクトリーでプラットフォーマー狙うシーメンス(下)

(2018/3/6 05:00)

マスカスタマイズ工場実現へ

デジタル技術と自動化技術を駆使し、製造革新を進める代表的な企業の一つに世界的なスポーツ用品メーカーの独アディダスがある。同じバイエルン州に本社を置くシーメンスも、アディダスの「スピードファクトリー」プロジェクトにパートナー企業としてかかわり、インダストリー4.0の目指す「マスカスタマイゼーション(個別大量生産)」実現に向けたフレキシブルな製造システムづくりを支援している。

  • (左から)いずれもドイツ企業であるバウシュ・ウント・ストレーベルのゲーリンガー社長、アディダスのオメーラ副社長、ヘラーのザップ部門長

アディダスが年間に生産するスポーツシューズの数は現在、年間3億足以上に上るという。ただ、シューズの製造工程は手作業が多く、安いコストで数をこなさなければならない。そのため、同社では20年以上も前にドイツ国内にあった工場を賃金の安いアジアに全面移転し、ドイツ国内に工場を持たない製造空洞化の状態が永らく続いていた。

その流れを変えたのが、製造工程をほぼ全自動化した「スピードファクトリー」だ。バイエルン州ヘルツォーゲンアウラハのアディダス本社に近いアンスバハで2017年に本格生産に入り、先端モノづくりによる工場の国内回帰の象徴的な事例となった。ここだけで年間50万足の生産を目指し、スポーツシューズの一大市場である米国向けにはジョージア州アトランタでスピードファクトリーの建設を進めている。

では、工場を国内に戻すとどんな利点があるのか。実は、スピードファクトリーは、単に工場の国内回帰を狙ったものではない。シーメンスの資料によればドイツでデザインされたスポーツシューズがアジアで製造され、先進国の消費者の元に届くまで現状では輸送期間も入れて18カ月かかるという。問題は、その間に流行や消費者の好みが変わってしまうおそれがあることだ。

そこで両社が協力し、製品や生産設備のバーチャルモデルである「デジタルツイン」をスピードファクトリーに本格導入することで開発・製造プロセスを合理化しつつ、ユーザーの好みのデザインを採用したシューズを大消費地の近くで短期間で製造。ゆくゆくは数日あるいは数時間で消費者に製品を届けるようにする、野心的な目標を掲げる。

「われわれの課題は大量の数の製品を生産することにとどまらない。世の中のトレンドや消費者の需要、それに素材などの供給データも加味してプロセスを最適化しながら、個別のデザイン要素を加えた『あなただけの特別なシューズ』という製造手法にも対応していく必要がある」。シーメンスのデジタル事業説明会で、パートナー企業として登壇したアディダスのジャンポール・オメーラ戦略担当副社長はこう述べた上で、「テクノロジーがこうしたやり方を可能にする」と、デジタル技術に対し全面的ともいえる期待を表明した。

世界初、3Dプリンターで量産シューズ

  • ソールを3Dプリンターで製造したアディダスの「フューチャークラフト4D」

もう一つ、アディダスが先行するのが3Dプリンター(積層製造装置)の活用だ。米シリコンバレーのスタートアップ、カーボンの積層造形技術で製造した「フューチャークラフト4D」のスポーツシューズは、そのソール部分のワイルドなデザインが目を惹く。拘束条件をもとに最適な3次元の複雑形状を自動生成するトポロジー最適化(ジェネレーティブデザイン)の手法をソールに採り入れ、カーボンが開発した技術で樹脂を積層して形状を作り上げた。デザイン面での奇抜さだけでなく、軽量化と高い強度、それにクッション性を合わせて実現した、3Dプリンターによる世界初の量産シューズだ。

話題性も手伝って、「2017年には3Dプリンターを使った消費者向け製品でアディダスが最大の製造業者になるだろう」とオメーラ副社長は予測する。実はカーボンには日本企業のJSRやニコンも出資する。2月に東京ビッグサイトで開催された「3Dプリンティング2018」には、3Dプリンターとともにフューチャークラフト4Dをはじめとする造形品も展示され、カーボンのブースは来場者でかなりの賑わいを見せていた。

IoT基盤が工作機械の新事業支える

  • バウシュ・ウント・ストレーベルの医薬品製造装置㊨とそのデジタルツイン

このほか、製薬企業向けに洗浄機・乾燥滅菌機・充填機などを開発・製造する独バウシュ・ウント・ストレーベルもデジタルツインを製品作りに活用する。同社のハーゲン・ゲーリンガー社長は個別化医療の進展で医薬品1製品当たりの生産量が減り、多品種少量生産に対応する柔軟性の高い生産システムやさらなるコスト削減が要求されていると、合理化の背景を説明。「デジタルツインでエンジニアリング期間を大幅に短縮でき、その分、より多くの知見を早期の開発段階で盛り込むことが可能になった」と話す。

クラウドベースのオープンIoT(モノのインターネット)基盤OS「マインドスフィア」を新事業に生かしているのが、工作機械メーカーの独ヘラーだ。1月24日には「マインドスフィア・ワールド」というマインドスフィアのユーザー組織がシーメンスによって立ち上げられ、産業用ロボットのクカ、板金機械大手のトルンプ、産業用自動化機器のフエストなどとともに、ヘラーも18社の設立パートナーに名を連ねる。

同社は工作機械をレンタルのような形でユーザーの工場に一定期間貸し出し、月額費用に加えて機械の使用時間だけユーザーに課金する新しいビジネスモデルを導入。これとマインドスフィアを組み合わせた。「こうしたやり方なら、工作機械を買い替えずに、新しい製品に合った性能の高い工作機械が使える。しかも、マインドスフィアを通じて工作機械の大量データを管理し、表示画面のダッシュボードで機械の稼働状況を分かりやすく表示したり、不具合や故障を予見し、未然に防いだりできるようになる」。ベルント・ザップ新事業・技術部門長はこう強調する。

デジタル化に必須の「共創」「経営力」

シーメンス・デジタルファクトリー部門のヤン・ムロジクCEOは、「デジタル化は出来合いのシステムや技術を導入すればいいというものではなく、デジタル化に情熱を注ぎ、前向きな考え方を持つ顧客企業との共創(コ・クリエーション)が何より重要になる」と指摘する。

デジタル化についてシーメンスと提携する英ロールス・ロイス。英国や米国の工場が、設計部門と製造部門がデジタルソリューションで緊密につながったペーパーレス工場になっている事例をサイモン・カービーCOO(最高執行責任者)は紹介しながら、「デジタル化はわれわれのような会社にとって非常に大きなチャンスであり、かなりの額のデジタル化投資をコミットしている。2年ごとに世界のデータ量が倍になる中、どうやったらデータを通じて自分たちや顧客の価値を最大にできるか、常に考えている」と明かす。

どうやら製造プロセスや事業のデジタル化は、システムにお金をかければ誰でも効果が得られる魔法の杖ではないらしい。デジタル技術を駆使して自社の強みをさらに強くする、あるいは新しい製品やビジネスモデルを創出する――そのための「経営ビジョン」がカギとなる。各企業やパートナー、ユーザーなどがオープンにつながる協業(コラボレーション)や共創とともに、それを推進する経営力が、産業のデジタル化が進むこれからの時代にはより問われることになる。

(デジタル編集部・藤元正)

(2018/3/6 05:00)

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