[ その他 ]
(2018/4/24 05:00)
特許をはじめとする知的財産は企業の競争力を決定づける、重要な要素の一つだ。事業を発展させ、ブランド価値を高めるには知財戦略が欠かせない。知財戦略は特許出願戦略、標準化戦略、ライセンス戦略など、置かれている経営環境やビジネスモデルによってさまざまに異なる。技術力を競争力に変える知財をどう活用しているのか。製造業2社の知財戦略を見た。
研究開発 常に特許意識─興研
興研(東京都千代田区)は主力製品である防じんマスク、防毒マスクのほか、クリーンルーム機器や医療機器の製造・販売を手がける。「クリーン」「セーフティー」「ヘルス」の3領域の中で、顧客がまだ気づいていない“ウォンツ"を見いだし、製品化する。
1943年の創業以来、世の中にないものを作ることを念頭に置き開発を行ってきた。防じんマスクでは6割のトップシェアを占める。呼吸に追随して送風する電動ファン付きマスクや、羊毛のフェルトに樹脂加工し帯電させ静電気で粉じんを捕集するフィルターなど、付加価値の高い製品を市場に送り出している。
同社の知財活用における特徴は社内の体制づくりにある。技術者は予算会議で決められた研究テーマに沿って日々技術開発している。得られた研究成果は月1回の研究発表会で、開発を行った技術者自身が発表する。発表会には全技術者70人と経営層が参加し、毎回10件程度のテーマが発表される。発表された研究の内容が研究テーマに沿っているか、まだ世の中にないものか、収益性はあるかなどの視点から、意見や質問が発せられる。開発部の竹内広宣部長は「技術者にとっては人を介することなく経営層から直接意見をもらえる良い機会」と話す。技術者らは、この発表会を通して開発の方向性を的確に把握することができている。
発表された研究成果のうち、特許にできるものは権利化していく。権利化にあたり、発明を行った技術者は「発明届け」を自ら作成する。これは発明の内容や価値、関連の先行技術などを記載したもの。開発部第一開発セクションの野口真二主任は技術者自身に作成させる狙いについて、「特許出願にあたり発明のポイントを記述する。この作業を繰り返すことにより、どうすれば技術が特許になるか気づかせることが目的」という。技術者は自分の研究が他社特許を侵害していないか、先行技術と重複していないか、新規性はあるかといった観点で、公開された特許を調査しながら研究を行っている。常に特許を意識して研究する癖がついているのだ。
知財の方針を決める「知財会議」も行っている。経営層と知財担当者、開発部長などが参加し、月に1―2回行われる。会議では、特許の出願内容や審査請求の時期などを決めるほか、海外出願の戦略も立てる。技術本部長を兼務する村川勉社長が、発明届けにある特許請求の範囲の確認、修正の指示も行っている。これにより特許をさらにスキのないものにしていく。竹内部長は「強い特許を取るための会議体」と表現する。
同社は新たな市場を開拓することを理念としている。新たな市場を育てるには時間がかかるが、その間に発明を他社に先願されるとせっかくの発明が保護できなくなってしまう。特許の出願、登録、維持には費用がかかるが、まだない市場に投入する技術は「先行投資」(竹内部長)として積極的に特許を取得しているという。
保有する特許は国内特許が103件、海外特許は16カ国に登録し75件となっている。そのうち、“先行投資"となる特許は4分の1程度だ。新たな市場を作る可能性を秘めた発明が日の目を見る時を待っている。
オープン戦略で主導権-ナノテック
ナノテック(千葉県柏市)は成膜装置の開発販売から受託分析、受託加工まで、ダイヤモンド・ライク・カーボン(DLC)薄膜に関する事業を総合的に手がける。知財戦略を特許取得と国際標準化の推進、社内技術の蓄積を三つを柱に、オープン戦略とクローズド戦略を使い分け進めている。そして、それらを支えるのは産業界で研究者として経験を積んだ上で、学位を取得させることで、実学を身に付けさせる人材育成にある。
DLCコーティングは、工具や金型の寿命が伸びるほか、各種駆動機構部品の摺動(しゅうどう)性向上、メッキなどの金型表面への凝着減少に伴う不良品率の改善などの効果があることから、さまざまな分野で適用が広がっている。研究開発型ベンチャーの同社は、この分野で先駆的に取り組んできた企業であり、その事業は知財の塊だ。
中森秀樹社長が開発した「イオン源およびこのイオン源を備えたダイヤモンドライクカーボン薄膜製造装置」は、科学技術分野の文部科学大臣賞を受賞、その後、同発明で黄綬褒章に輝いている。この技術は今でも同社の根幹となる技術となっている。
また、累計で海外を含め、DLC関連を中心に35件の特許を出願し、国内で9件、海外で3件を取得した。大手企業とも共同で10件を出願している。当初は自社で開発した技術を防衛するための特許取得だったが「高度な技術を持っていることが訴求できるほか、従業員のマインドアップにも役立っている」(中森社長)。
その一方で、DLCのすそ野の拡大を図っていくことも今後の発展のカギとなる。一般社団法人のニューダイヤモンドフォーラム(東京都渋谷区)で行っていたDLC技術のISO規格化への取り組みをより進展させるため、2016年には同社が中心となり立ち上がったDLC工業会の活動がスタートした。
工業会ではDLC関連の企業や大学との連携を図るとともに、日本が標準化の主導権を握り、技術の保護と競争力のアップに結び付けていく考えだ。すでに規格化されたDLC膜の摩擦摩耗試験に続き、現在、光学特性評価法や密着性試験法の確立などに取り組んでいる。「世界に通用する規格で製品を作り、統一された条件で品質保証する」(同)ことで、DLC市場を刺激していく考えだ。
特許と国際標準化の推進をオープンな知財とすれば、IoT(モノのインターネット)技術を活用した国内3工場のDLC成膜工程の常時監視などは「クローズドな知財」(平塚傑工取締役)だ。電圧や電流、ガス量など収集した成膜条件に関するビッグデータ(大量データ)を分析することで、成膜品質の向上に結び付ける。
ビッグデータを本社で一元的に管理することにより、トラブルがあった際などに、データを総合的に分析し、原因を突き止められるようになった。さらにワーク(加工対象物)に応じた最適な加工条件などを導き出せる体制が整う。蓄積したデータは成膜装置の改善にも活用する。
このような知財戦略を支えるのは人材だ。中森社長は大学卒業後、入社した企業でDLCに携わり、起業を経て経営者のかたわら再び大学に入り、理学博士と工学博士の学位を取得した。平塚取締役も仕事と研究を両立し、6年かけて学位を取得。次の候補者も決まっている。
経営者自らが開発に力を入れ特許取得など行ってきた知財マインドは今では、同社のDNAとして息づいている。
【業界展望台】発明の日特集は、5/1まで全9回連載予定です。ご期待ください。
(2018/4/24 05:00)