(2018/5/29 09:30)
IoT活用の分野と業務事例としては、業務効率の改善と新規事業開拓を目的として、主に大手企業を中心に導入が始まったが、近年では、中小企業においても、生産性の向上や新たな商品・サービスの提供による付加価値の創出といった、課題解決型のIoT導入事例が増大し始めている。
[千葉工業大学 森 雅俊、山本 典生]
IoT導入の期待効果
IoT導入効果の検証に当たり、一般的な製造業における事業改善の期待効果を取りまとめる(表2)。内容としては、業務効率の改善による自社生産コストの削減および付加価値向上と新規事業開拓による売上・利益の拡大という以下2つの観点からの取組みが考えられる。
①生産コストの削減を目的として、情報の共有・作業効率の改善を図る。製品品質と単位時間当たりの生産量向上を目指す。また、熟練者の暗黙知を、もれなく次世代の後継者に継承することも、将来の生産コスト削減策として位置付ける。
②新しい売上・利益の獲得を目的として、生産現場で発生している実際のデータから、顧客に対する斬新な付加価値創造に貢献するための、商品やサービスの創案を目指す。
いずれのテーマも、第一に課題の抽出が重要であり、続いて優先順位・予算配分の観点から取り組み順序が決定される。
また、具体的な活用事例についての検証がより実践的な改善効果の考察につながるものと考え、公開されている「中小ものづくり企業IoT等活用事例集」(平成28年度経済産業省関東経済産業局委託事業:みずほ情報総研発行)を参照して、特徴的な企業ケースにおける生産性の向上と、新商品・サービス創出の視点から整理する。
IoT参考事例
1. A社:鋳物工場(マンホール用蓋の専業メーカー)の改善事例
(改善目的「自社コストの削減」の例)
表2の自社コスト削減を目的としたIoT事例として、下記を紹介する。
1)課題
製造するマンホールは、下水道などを管理する地方自治体の納品仕様に合わせる必要があり、多品種少量生産となっている。納期を守りつつ、製品の品質を持続的に担保するためには、熟練者の勘や経験知が必須であり、これらのノウハウの継承方法を検討している。また多種類の金型が必要な作業であり、人手による複雑な管理では、多くの労力と費用を必要としていた。
(2)従来のプロセス
経験から得られた熟練者の勘に頼った生産工程が数多くあった。個人に内在した暗黙知に基づいて作業判断をすることも多く、危険を伴う電気炉の温度測定なども人手で行っていた。
(3)解決策
センサなどから取得できる各生産設備の動作データを集積し、生産管理上の注文情報などと紐づけることで、情報を一元管理する仕組みを構築した。
(4)改善効果
注文から製造までがダイレクトにつながるため、さまざまな工程でのタイムロスや入力作業負荷を減らすことができた。
また危険が伴うため、頻繁に行うことができなかった電力炉の温度測定も、遠隔地からのリアルタイムな監視が可能となり、各工程の状況を踏まえた細かな温度設定が実現できた。これは、ムダな電気代を削減するとともに、不要な温度維持が不要となり、炉の負担・損傷の軽減にもつながる。
2. B社:自動車用の熱交換器パイプおよび板金部品製造業の改善事例
(改善目的「売上・利益の拡大」の例)
表2の売上・利益の拡大を目的としたIoT事例として、下記を紹介する。
(1)課題
大量生産の時代から多品種少量生産の時代へと変革をして行く中で、またグローバルな競争環境の中で、海外生産をしなくても価格競争に勝ち残るための、時代にマッチした生産設備の設計とらわれない生産管理手法の改善が必要であった。
(2)従来のプロセス
受注する製品は、その時期により品目・数量に大きな差がある。そのため、品目ごとの適切な在庫管理が不可欠となる。しかし生産に係るその作業は、紙媒体を使った手作業で行われており、担当者への大きな負担となりコスト増加の要因となっていた。また同社は、早くからPC を使った生産管理システム「BIMMS: Busyu IntelligentManufacturing Management system」を構築し、現場改善や経営改善に取り組んでいた。しかし同システムは、直接的に課題を解決するものではなく、改善するべき問題点を抽出するための役割として位置付けられ、気づきを誘発することが目的とされてきた。
(3)解決策
「BIMMS」を改修し、労務管理情報(出退勤)生産指示・倉庫の在庫管理・工程不良管理・実績管理・品質管理・状況分析などをリアルタイムに棚卸できる仕組みを構築した。現場と経営に気づきをもたらすことが目的である。
データの入力には、iPod Touchなどのスマートデバイスや、廉価で汎用的なRaspberry Pi(ラズベリーパイ)などのシングルボード・コンピューターを使い、取得されたデータは「BIMMS」に取り込まれて「経営と現場の見える化」の実現に活用されている。
(4)改善効果
作業者は、機器の稼働データをリアルタイムで確認することにより、自身の目標と現在の実績を比較することができ、作業ペースの調整ができるようになった。また経営者も、従来は現場に出向かなければ把握することができなかった進捗状況を、遠隔地から最新の情報を取得することができる。日々の決算が可能となり、リアルタイムでの経営改善が実現される(HP: http://www.busyu.co.jp/を参照)。
IoT活用のさらなる発展のために
現状にムリ・ムラ・ムダが存在することは承知していても、その改善に伴う時間とコストおよびあるべき姿が描きにくいことが壁となり、導入に手をこまねいている企業も多い。また、相当に高いレベルにまで改善された生産工程は、小手先の見直しで刷新することが難しい。さらに現在の低成長経済環境下で、新たな発展戦略を練り上げることも困難を極める。求められる判断は、「事業課題解決のためにIoTを活用して、自社のビジネスが優位に展開できることを確認してから導入する」のか、もしくは「IoT導入の先駆けとして、同業他社に先んじてその普及の一翼を担う」のかの選択であると考える。
この判断には、対投資効果が判断の基準となるが、各企業の事業運営文化に依存する部分が大きいものと思われる。しかしIoTの導入により、今まで人間が目視できていない状態がスピーディに可視化でき、また事業の効率と新たな価値を創造することが期待できるのである。さらにIoTに関して、得意先や系列企業が先行導入を進めた場合、さらなる効率化のために、リアルタイムでの生産状況や作業余力の情報共有を要求してくる可能性もある。発想の転換と、機敏なアクションが肝要と考える。加えて、誌面の都合上、詳細な記載はできなかったが、実際のIoT導入に際して忘れてはならない項目として、構築にあたる人材の確保・セキュリティ対策・データ分析の必要性そして運用管理の大切さが挙げられる。
1.セキュリティの確保
IoTは、インターネットをベースとして発展しており、そのオープンな特性から、マルウェア(悪意を持ったソフトウェア群)からの攻撃リスクにさらされている。ファイルの破壊・データの改ざんや盗用・システムダウンなどの被害が予測される。
適切なログイン認証をはじめとして、通信プロトコルやデータの暗号化・VPN(Virtual Private Network:仮想プライベートネットワーク)などの利用により、そのリスク軽減が求められる。
2.取得データの活用
センサにて収集され蓄積されたデータを、整理・分析し事業の役に立つ情報として活用することがIoT本来の目的である。人手を介さずに集積された情報を単に分類するだけでは、事務の合理化の範疇に留まってしまう。今まで見えなかったものを分析し、目的に適した活用ができるように可視化することが、IoTを活用したビジネスモデルの構築につながる。
3. IoTシステムの運用
当初は小さく始めたシステムも、その効果を順調に享受できるようになると、次第に接続される機器の台数が増加してくる。そのためにも、当初より統合的な体系で全体を管理して、センサ類ごとの保守タイミングや電池交換時期などの把握をしておく必要がある。
本業の生産用機器と、IoT化のためのセンサ類では、その動作環境や耐用年数に大きな差があることを考慮することが大切である。
中小企業における IoT 活用のポイント(上) -『工場管理』2018年4月臨時増刊号
筆 者:千葉工業大学 森 雅俊(もり まさとし)
大学院 マネジメント工学専攻 社会システム科学部 金融・経営リスク科学科 教授
山本 典生(やまもと のりお)
所在地:〒275-0016 千葉県習志野市津田沼2-17-1
E-mail:masatoshi.mori@it-chiba.ac.jp
s1591302am@s.chibakoudai.jp
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