[ その他 ]
(2019/4/24 05:00)
GKデザイン機構代表取締役社長 田中一雄
今日、デザインの役割や対象は大きく拡大している。従来は色や形を考えることがデザインであると考えられてきた。しかし、サービスやコト創り、あるいは先端技術を活用したイノベーション開発もまたデザインなのである。「デザイン経営」とは、こうした広義のデザインも活用しながら、企業経営の中枢に経営資源としてのデザインを置き、顧客視点での「ブランド構築」や「イノベーション開発」を推進する経営の姿である。
姿カタチだけがデザインではない
一般にデザインとは、モノの色や形を考案することであると認識されている。しかし、今日のデザインの広がりはこうした対象をはるかに超えている。「デザイン経営」の価値は、まさしくこの意識変革が全てであると言っても過言ではないだろう。経済産業省・特許庁が2018年5月23日に発表した「『デザイン経営』宣言」は、大きな反響を呼び「デザイン経営」の必要性が叫ばれている。では、「デザイン経営」とは何なのだろうか。その答えを得るためには、今日のデザインの役割を知る必要がある。
デザインとは「意匠」と同義であると日本では理解されている。これは明治期に高橋是清がDesignを「意匠」と訳したことに始まり、今日まで意匠法における対象は「形態や色彩」となってきた。しかし、中国においてはDesignを「設計」と訳した。このことは、今日のデザインの広がりに符合するものとなっている。07年に温家宝元首相が「要高度重視工業設計」というスローガンを掲げ、「工業デザインを高く重視しなさい」とした政策は、中国企業のイノベーションを大きく推進させた。
一方、日本ではいまだに「見かけをつくる仕事」として認識されている。今日のデザインは、顧客中心の発想に基づき、多様な調査から仮説を提示し、素早く検証し、それを共有し繰り返し検討することによって、従来にない「気づき」を発見しようとしている。これは「デザイン思考」と称される発想手法に基づくものだ。
また、急速に発展するテクノロジーとの関係も深い、「デザイン・エンジニアリング」と言われるように、デザイナーの深い洞察力と柔軟な発想に基づき、創造的な技術開発がすすめられている。
このように、デザインは従来の意匠を対象とした狭義なものから、プランニングやエンジニアリングと結びついた広義のものへと変容している。
デザインは経営資源だ
「デザイン経営」とは、前述のような広義のデザインと狭義のデザインを包括的に捉え、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営の姿である。そこでは「経営チームにデザイン責任者が参画すること」が求められ、「事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること」が必要とされている。
このようなデザインのあり方は、従来の意匠を創るデザインだけで達成されるものではない。顧客視点に基づき事業を発想し、製品そのもののみならず、サービスやブランド力といった観点から、包括的に事業構想していくことが求められる。また、「デザイン経営」においては、このようなスキルを有する人材をCDO(チーフデザインオフィサー)として登用していくことも求めている。
また、「『デザイン経営』宣言」においては、「デザイン経営」の効果を「企業競争力の向上」にあるとしている。それは、「ブランド構築に資するデザイン」と「イノベーションに資するデザイン」の二つである。
ブランド構築においては、従来の意匠性も重要な要素である。加えて、サービスや空間なども含め総合的なアイデンティティーを構築し、ブランドを形づくっていくことが求められる。
「イノベーションに資するデザイン」においては、第四次産業革命社会を前提とし、IoT(モノのインターネット)やデータ・人工知能(AI)などを活用した、新たな事業の姿を構築するものである。そこでは、顧客中心主義に基づく多様なイノベーションが生み出され、企業の姿を変革していく。
「デザイン経営」はこうした「ブランド力の向上」と「イノベーション力の向上」の二つのデザインの力を活用し、企業価値の向上を図るものである。そして、この二つの力のバランスが、企業のあり方を示すことになる。個性的な商品価値を訴求する企業においては「ブランド力の向上」をより重視するであろうし、ネットワークを活用した新サービスで成長しようとする企業は「イノベーション力の向上」を重視するだろう。
しかし、どのような企業であっても、この両輪はともに必要である。このことは、「デザインは、企業が大切にしている価値を実現しようとする営み」という「デザイン経営」の定義に結び付いている。
デザインが企業を成長させる
ここに述べたような「デザイン経営」は、先端的な企業においては既に常識となっている。多くのスタートアップ企業では、広義のデザインを活用し次々とイノベーションを生み出し、BツーCを業務領域とする大企業は、これに追従している。しかし、ハードなBツーBを主体とする企業においては、デザインを「表層的な意匠」と考えていることが多い。新しい認識を持つ経営者は少数派であり、いまだに「コストと性能」だけが企業競争力であると信じ、20世紀的思考から脱することができずにいる。
「デザイン経営」導入の費用対効果を明示することは簡単ではないが、欧米の調査にその重要業績評価指標(KPI)を見ることができる。デザインの導入に積極的で、デザインを経営資源として活用している企業においては、4倍の利益と2倍の成長が得られるという結果が出ている。あらゆる産業競争力において、日本の立ち位置が問い直されるなか、「デザイン経営」を活用し明日をひらくことが求められている。
デザインプロデューサー/インダストリアルデザイナー。東京藝術大学大学院美術研究科修了。日本インダストリアルデザイナー協会理事長、日本デザイン振興会理事、国際インダストリアルデザイン団体協議会(ICSID=現WDO)元理事。ドイツRed Dot Design賞など国内外の審査員を歴任している。
【業界展望台】発明の日特集は、5/1まで全7回連載予定です。ご期待ください。
(2019/4/24 05:00)