(2020/3/24 05:00)
昨年12月にオープンした新国立競技場。コンセプトは「神宮外苑の景観と調和した杜のスタジアム」で、至るところに環境資材が使われている。入場ゲート前に広がる舗装ブロックもその一つ。そこには競技場を設計した建築家の隈研吾氏のこだわりと、厳しい要求に応えた化学素材メーカーの深い結びつきがあった。
創業以来、繊維メーカーとして事業を拡大してきた小松マテーレ(石川県能美市)。加工量に比例して大量に排出される余剰汚泥の有効利用は長年の課題だった。「捨てるものから新しい価値を生み出せないか」ー。そして誕生したのが発泡セラミック素材「グリーンビズ」。染色工場の排水処理で発生する産廃物の余剰汚泥を石川県の珪藻土、粘土などを混ぜ合わせ、約1000℃ の高熱で焼いてできあがる。
グリーンビズの大きな特徴は、余剰汚泥由来の無数の小さな孔(あな)を持っていること。この孔に空気や水を含むことにより、優れた「断熱性」「通気性」「透水性」「保水性」などさまざまな効果を発揮する。グリーンビズを素材として使い強度を高めた舗装用ブロックは、表層の高い浸水性能によって雨が降った際、地面に水たまりをできにくくする。また、通常の保水ブロックの1.5倍の保水能力を有し、ブロックの内部に雨水をたっぷりと保水することで、打ち水効果で路面表面を冷却する効果も長期間認められている。
ただ新国立競技場に採用されるのは簡単ではなかった。小松マテーレの奥谷晃宏取締役は「隈さんはスペックだけでなく、ブロックの意匠面、表面の色や表情などに対するこだわりが、もの凄く強かったと思います。試作を繰り返してもなかなかOKがもらえない。一緒に仕事をさせてもらった中でも一番ダメだしを受けた回数が多かった」と振り返る。
製品開発で鍛えられた甲斐もあって、グリーンビズの用途は広がっていった。現在は屋上緑化、内装壁材など用途に合わせて全部で5つのシリーズを展開。中でも注目されたのが都電荒川線の軌道緑化技術。保水能力の高いグリーンビズ基盤の上に、4種混植した多肉植物のセダムを植えたことで、水やりが必要ない管理を可能にしたことが評価され、2019年には「環境大臣賞」も受賞した。
「炭素繊維で耐震補強ができないだろうか」ー。小松マテーレの中山賢一会長兼社長が隈氏に持ち掛けたのが両者の関係の始まりだ。以降、2013年からは「持続可能なこれからの街づくりに必要とされる材料メーカーの使命は何か?」をテーマに東京大学建築学部の隈研吾研究室を同社がサポートする形で共同研究に取り組んできた。
その信頼関係もあって、隈氏はグリーンビズ以外にも新国立競技場の素材を小松マテーレから採用している。プランターに使用されるバサルト繊維がその一つだ。同競技場の外周のひさしには47都道府県の杉が使用された。その先端に植わっている東京の野草は、「外苑の杜と調和した杜」というコンセプトを表す最も重要なデザイン。その緑を植えるプランターにバサルト繊維が使われている。
玄武岩を溶かして紡糸した繊維で、岩を原材料とするため、優れた耐久性を持つ。バサルト繊維自体は輸入物を使用しているが、小松マテーレは厚手の綿のような素材を貼り合わせることで、プランターの保水性を向上させたり、土が流れださないよう工夫した。
隈氏は「50年は持つ」ことを条件としてプランターの素材探しを同社に依頼。試行錯誤の結果、見つけたのがバサルト繊維だった。「岩でできているから、ほぼメンテナンスフリーでパーマネントに近く使える。色も国立競技場で使っている杉の木の板とぴったりのもので、染めずにそのまま使うことができた」と隈氏は評価する。
東大の隈研吾研究室とコラボレーションで生まれた代表的な素材、炭素繊維「カボコーマ」も世界で予想以上の称賛を浴びている。研究室の生徒たちと一緒に作り上げた「竹わ(たけわ)」は、竹で作った直径約1.8mのリング120個を交差させ、結束バンドで編み上げた作品。細長く割った竹に、同社の炭素繊維シートを張り合わせることで、竹にしなやかさと伸びや縮みなどの変形に耐えうる剛性を備えさせたもの。昨年、英国・ロンドンのデザインフェスティバルに展示したところ、評判が広がり世界から出展オファーが舞い込んでいる。
隈氏は今年で東京大学建築学部を定年退官する。「僕は生徒に教えるというより、一緒に作るという意識が強い。学生から教わることも多かった」と話す。小松マテーレとの協業も「何らかの形で継続する」とすでに50年先、100年先を見据えている。
(2020/3/24 05:00)