最高峰のISO・1で廉価、消費電力従来比9割減、移設・増設可能など評価される
興研が開発したオープン型のクリーンシステム「KOACH(コーチ)」の納入実績が増えている。従来のクリーンルームに比べ、導入コストやランニングコストを大幅に低減でき、清浄度はISO(国際標準化機構)クラス1という世界最上級。しかも、設置後でも移設・増設が可能など、革新的な性能が評価されているもので、納入先は業種や企業規模の大小を問わず広がっている。しかし、発売当初は従来のクリーンルームの概念を一変させた製品のため、市場の認知が進まず苦しい時代があった。挑戦を続ける興研の酒井眞一郎会長と村川勉社長に、日刊工業新聞社の井水治博社長が、「KOACH」が普及するまでの背景や戦略、製品への思いなどについて聞いた。
井水
最初に見た時は天井がないので目を疑いました。しかし今や産業界の評価は非常に高い。認知を広めるのに苦労があったのではないですか。
酒井氏
開発に着手してから12年がたちました。実験と試作を繰り返し、これまでにないものを開発しましたから、一般の方が信じないのは仕方のないことです。展示会に出品すると、大学の先生方に「チャレンジングな仕事をしているね」と笑われたこともありました。
井水
空間を密閉状態にして大型装置で清浄・維持するのが当たり前でしたから、業界関係者ほど驚いたのではないですか。
村川氏
クリーンルームとは学問的にこうだという理論が出来上がっていました。クリーンルームに詳しい方は、その理論に合わせて評価しようとしますが、「KOACH」は今までの理論では説明できません。百聞は一見にしかずということで、半信半疑のまま実際にご覧になられるのですが、目の前で、オープン型でISOクラス1レベルにきれいになる事実に、驚く方は多かったです。
井水
私も驚いた一人です。ところで、なぜ産業用マスクメーカーが環境装置に取り組むことになったのですか。
酒井氏
マスクが将来なくなるかもしれないと考えたからです。その当時、厚生労働省が脱マスクの環境改善を目的にした部署を新設したのです。国がそうするならば、いずれ、マスクは不要になるかもしれないと思い、環境改善事業を始めました。
自発的挑戦で誕生したプッシュ・プッシュ型
興研 酒井眞一郎会長
井水
まさに発想の転換ですね。環境改善事業の柱となっている「KOACH」はどのようなきっかけで開発したのでしょうか。
酒井氏
装置で同一ベクトルの集合気流をつくる原理ですが、実はあるメーカーが先にプッシュ・プル型換気装置を大阪府立大学と開発して当社もそれを販売させていただきました。ただ、これが大きくて重たくて高価格。事業として継続が難しかったため、当社技術者が全く別の方式で薄く軽くした上に高性能にしたプッシュフードを開発しました。プッシュフードの性能が余りに高いので、これにフィルターをつければクリーン空間ができるのではと私の素人発想で開発させてみることにしました。しかし、どうしてもできないというのです。ところが、半年後に技術者がまたやってきて、「いいモノが出来ました」と言ってきたのです。その時は「まだやってたの」と妙な感心をしてしまいました。
井水
そうした経緯で現在の「KOACH」の原型が出来たとは知りませんでした。社員が自発的に挑戦する社風が素晴らしい。
酒井氏
現在の「KOACH」は、装置の両側から真ん中の空間に向かって空気を押し出すプッシュ・プッシュ型です。ぶつかった空気が上下左右などすべて外側に向くため、きれいな空間を比較的広範につくりだすことが出来ます。開発した当の技術者は「やけになってめちゃくちゃにやっていたら出来た」と言っていましたよ。
井水
なるほど。密閉しないなんて、キツネにつままれたような話です。でも、そうした仕組みなら天井は不要ですね。
酒井氏
天井だけでなく壁もいりません。建屋自体も不要です。ただ、4メートル以上をクリーンにするのは、大変難しい。そこでガイドスクリーンを設置したりユニットをつなげたりしています。連結は技術的に難しいのですが、継ぎ目の隙間に対向流をつくる現在の仕組みにしました。これも素人の私の無理な注文をもとに、技術者が挑戦して実現してくれました。
村川氏
この仕組みが確立できたことで、短期間での施工が可能になりました。展示会で大型のフロアーコーチを展示する際には、2日で設置し1日で解体・撤去しています。置くだけで簡単に設置ができるので、移設や増設も容易に行えます。ユーザー様からの拠点の移転や製造ラインの拡張といった要望にも柔軟に対応できています。
井水
ある意味でユーザー目線の開発が出来たわけですね。
酒井氏
当社はもともとフィルター屋で、マスクの世界では圧倒的な性能を実現しています。
総理大臣賞受賞で流れ変わる
興研 村川勉社長
井水
「フィルター性能を高める」ということは、網の目を細かくするということでしょうか。
酒井氏
その通りですが、ただ目を細かくするだけでは、空気抵抗が高くなってしまいます。その問題を解決するために、当社ではエレクトロスピニング法で、超極細繊維+永久静電気をもつフィルター「フェリナ」を開発しました。ULPAフィルターの性能で、HEPAフィルターより空気抵抗が低いものです。「KOACH」の運がよかったのは、マスクのフィルターとは別に5年程かけて開発していたこの技術が本体と丁度同じ時期に完成し、活用できたことです。
井水
一般的に、企業向けの販売は関係業界内で広まっていきますが、研究機関にはそういう傾向がありません。当初は大学を中心に導入が広がったと聞きますが、事業拡大に相当時間がかかったのではないですか。
村川氏
研究機関の方は自分の研究に役立つかどうかを自身で判断し、すぐに研究費確保に対応します。一方、企業は現場で使いたい人と予算を握っている人が異なります。当初は導入実績も少なかったので、展示会で好評でも「社内の承諾がとれない」ために成約に至らないケースが目立ちました。「これで失敗したらどうしよう」と悩む工場長もいらっしゃったようで、新参者の悲哀を味わいました。
こうした事情から、知名度が上がらなかったため、国などの顕彰・表彰制度に多数応募しました。その中で、2015年に「第6回ものづくり日本大賞」(経産省)で内閣総理大臣賞に選ばれたのを機に、流れが完全に変わったと思います。
井水
「KOACH」で「クリーンルームは密閉すべし」という既成概念が変わりましたね。
村川氏
全国6カ所にショールームを設置するなど、第三者の評価を高めながら、見てもらう場づくりを強化・拡充しました。これで全国の企業にじわじわと広がりました。
酒井氏
実は導入先の4割が「KOACH」を設置したことを非公開にしています。このため、どこの拠点のどういう工程で活用しているか教えてもらえないのです。「社名をださないで」と言われる。実績があっても宣伝に使えないので、これには困りました。
国内企業の競争力向上に貢献
日刊工業新聞社 井水治博社長
井水
裏を返せばそれだけのメリットがあるということでしょう。皆さんが囲い込むのでは、さらなる展開も思うようにいかないですね。
村川氏
資金力に制約のある企業にとってクリーンルームは高嶺の花です。しかし、「KOACH」は置くだけですから多額の工事費はいりません。価格も従来品に比べ相当安価ですし、省エネルギーなのでランニングコストも余り掛りませんので、中小企業でも広まっています。
井水
ところで、コロナ禍での「KOACH」事業はいかがですか。
村川氏
積極的な営業活動ができないので、正直苦戦しています。ですが、その中でも活況なエネルギーや半導体、バイオ関連などに加え、コロナ禍を時代の転換期ととらえ、新しい事業にチャレンジするお客さまからのお問い合わせが増えているように感じます。
井水
そういった方は「KOACH」にどのような魅力を感じていらっしゃるのでしょうか。
村川氏
まず、ISOクラス1であることです。以前は、そんなに高い清浄度はいらないと言う方も多かったですが、クリーンルームのJIS改正もあり、クライアントの要求が高くなっても対応できるとお声をいただいています。
さらに、最近では、脱炭素社会に向けた対応だと思いますが、低消費電力であることへの評価も高まっています。クリーンルームは消費電力が高いイメージがありますが、「KOACH」なら低く抑えることが可能です。実際に、クリーンルームを「KOACH」に置き換えたことで、消費電力を従来の10分の1に削減できたというお客様もいらっしゃいます。
井水
独自技術を持ち、国際競争力に優れた中小企業は多いですから、そうした企業にとって導入しやすいことは本当に素晴らしいことです。
酒井氏
私は国内企業にもっと技術力で先進してほしいと思っています。日本が一流国に戻るにはまず、製造業が一流でないとだめです。「KOACH」で国内企業の高付加価値化をしっかり支えたいと考えています。
井水
市場の認知度が高まってきた「KOACH」の活躍の場はさらに拡大していくものと思います。また、これによって、国内企業の競争力および高付加価値化が一層高まっていくことを期待しております。そして、これから本格化するDX(デジタル・トランスフォーメーション)時代に求められる“クリーンニーズ”に貢献していくでしょう。
本日は、ありがとうございました。
「KOACH」とは
空気清浄機能と送風機能を持つ装置2台を向かい合わせ、吹き出し面全体から風速毎秒1メートル以下の風向と風速が均一な気流(同一ベクトル集合流)を発生させる。この気流がフード間の中央で衝突し、始動後30秒から数分でクリーンゾーンを形成する。清浄度はナノファイバーフィルター「フェリナ」使用時にISOクラス1。囲いがないため作業性を向上できる。2台1組の構造で、密閉設備が不要。設置時の大掛かりな付帯工事も不要にしている。半導体・電子部品、精密機械、食品の製造現場などで導入が広がっている。