(2021/7/30 00:00)
生物多様性の保全と持続可能な利用を目指す生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)の開催が、今年10月(中国・昆明市)および2022年4月下旬から5月上旬(開催地未定)で予定されている。COP15では、20年以降の世界的な生物多様性の枠組み「ポスト2020生物多様性枠組」(GBF=Global Biodiversity Framework)が焦点の一つ。10年に名古屋市で開催されたCOP10からの生物多様性に関する活動の流れを振り返りながら、GBF策定に向けた動向を考察する。
名古屋大学大学院 環境学研究科 教授 香坂玲
欧州を筆頭とする生物多様性の保全活動
各地域の風土に培われた生物多様性は、生態系サービスという形で私たちの衣食住を支えている。例えば、主要な農作物の75%は受粉に頼っている。ペニシリンに代表されるように創薬、化粧品などは微生物に着想を得たものも多い。その損失は我々の生活の質を左右する。
COP10では、2050年までに自然と共生する世界の実現という長期目標と、2020年を目標年とした愛知目標が採択された。その愛知目標の後継となる「ポスト2020目標」が、COP15で決定される。
10年以降、生物多様性に関連する国内外の動きは活発で、名古屋議定書の発効に続き、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム(IPBES)が誕生している。とりわけ欧州では活動が活発化しており、欧州連合(EU)は20年5月に「2030年までの生物多様性戦略」と「農場から食卓まで戦略」をそろい踏みで発表した。両者に共通した目標として、生物多様性に配慮した有機農業の比率を30年までに25%拡大などを掲げた。
個別の国の事例としてドイツでは、農薬使用などが要因で飛行する昆虫が過去27年で16%減少したことが示された。これを契機に、19年にバイエルン州で「ハチを守れ」というスローガンで自然保護を訴えるキャンペーンが展開。100万筆を大きく超す署名が集まり、州レベルでの法改正と連邦政府の昆虫保護法へとつながった(参考=拙著「有機農業で変わる食と暮らし―ヨーロッパの現場から」)。
このような一連の動きの中、欧州と比較し日本は「遅れている」という批判もあるが、これは丁寧に地勢や所得補償などの社会条件の違いを考慮する必要がある。日本は地形が急で険しく雨が多いため、有機農業でも土壌の対策を含めて雑草の対策が必要となる。農業への信頼も厚く、環境への影響が問題視されにくい。
一方海外では、化学的に合成された農薬や肥料を介して水や生物多様性に悪影響を及ぼすことへの視線が厳しい。それに押され、EUでは農薬や化学肥料の規制に向けた動きが加速した側面もある。
日本でも進む取り組み
日本国内において、国家戦略、基本計画が行政主導で進められると同時に、民間企業、市民社会、そして自治体など国家以外のアクターの取り組みが重要性を増している。
経団連の自然保護協議会は、生物多様性宣言を09年に策定、18年に改定した。経団連の宣言を基本にしながら、各社が独自に自社の宣言やビジョンに取り入れる動きも盛んであった。
20年11月には環境省と経団連で「生物多様性ビジネス貢献プロジェクト」を立ち上げ、日本企業のビジネス活動を通じた生物多様性保全への貢献について、官民共同で国内外に発信することを確認した。環境省の民間参画事例集など参考にしており、COP10以降の民間活動の成果を見ることができる。
こうした取り組みを実施されているにもかかわらず、19年5月に開催されたIPBESでは、地球規模での生物多様性の評価がなされ、現在の進捗(しんちょく)では愛知目標の達成は危ういと警鐘が鳴らされた。
さらに愛知目標の達成状況に関する最終評価として、20年9月に地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)が公表された。GBO5によると、世界全体で20の個別目標において指標の全てを完全に達成できたものは一つもなく、「進捗はあったが完全な達成はない」という厳しい判定になっている。
日本と世界で傾向の違いもあり、21年1月に環境省が公表した「生物多様性国家戦略2012―2020」の実施状況の点検結果によると、目標18(伝統的知識の尊重、主流化)はグローバルでは未達成だが、日本では達成との評価がなされている。18年12月の国別報告では、日本は進捗が不十分と評価されていた目標9(侵略的外来種の制御・根絶)、目標11(陸域・海域の保護地域の保全)は、点検結果において達成したと再評価されている。
ポスト2020 カギとなる科学と政策の対話
現在、これまでの評価を踏まえて「ポスト2020目標」とその指標が検討されている。国連の生物多様性条約事務局より、1月にポスト2020目標の草案が公表され、7月に改訂版が示された。
経済分野の目標として「サプライチェーン全体を持続可能な形態へ改革し、30年までに生物多様性への負の影響を50%以上削減」が草案で掲げられた。これを巡り影響を測る指標など白熱した議論が交わされている。7月の改訂版では、30年までに陸地および海洋の30%を保全することや、生態系保護に向けた年間2000億ドルの投資などが打ち出され、来年5月まで交渉が続く。
指標の選定にも、科学的な知見がより反映される体制は整いつつある。生物多様性条約締約国会議に対して専門的見地から勧告を行う科学技術助言補助機関(SBSTTA)や公開ワーキンググループでも、ポスト2020目標の指標が議論されている。
ポスト2020目標の達成のためには、IPBESとの連携など科学と政策の対話が一つのカギとなる。折しもコロナ禍で、環境(生態系)と動物と人間の健康を一つのものと捉えて一貫して守っていこうとするワン・ヘルスという概念も広がっている。
また達成に向けて生産・流通・消費に関係する者の価値観を転換させることが、生物多様性保全へのレバレッジの効いた大きな変化をもたらすだろう。
(2021/7/30 00:00)