(2022/3/22 05:00)
創業から繊維メーカーとしてまもなく80年を迎える小松マテーレ(石川県能美市)の炭素繊維複合材料「カボコーマ」が着実に実績を積み上げている。繊維メーカーが新たな繊維に挑む。一見、簡単そうに聞こえる内容だが、その素材をどの業種にどう取り扱うかで状況は大きく変わる。今日に至る経緯と現在地、そして事業としての未来は-。
奥谷晃宏技術開発本部長補佐は、炭素繊維への挑戦を「軽くて強いが特徴の『繊維』なので、抵抗感は全く無かった」と語る。手実験をスタートさせた2010年ごろから東レ合繊クラスターの炭素繊維などの用途開発をテーマとする分科会に所属した。炭素繊維を扱える企業も少なく同社も調査段階が続いていたが、ある日、関東地方で降雪による天井落下のニュースを知った。天井の補強には金属製の建築・土木用ワイヤーが使用されるが、重く取り扱いづらいため作業者も苦労するという。その悩みを聞き、軽く、強く、錆びないものができればチャンスがあると捉え、炭素繊維を活用したワイヤーの開発に乗り出した。試行錯誤の中では能登半島に残る組紐を作る技術を生かし、ワイヤーをガラス繊維で被覆するなど手実験を重ねつつ、引っ張り強度の試験やテストセールスを行い評価を高めた。事業本格化の一歩手前まで来たが、カボコーマ・ストランドロッドの現在形のようにエポキシ樹脂を含浸する、それを撚り合わせ1本にする機械が無かったので、ならばとその製造装置も国や石川県独自の補助金を活用し自社開発した。しかし、いざ建築業界へ売り込んでみたものの、良い評価とは裏腹に実際に使用してくれることは無く、「法律や規制などの障壁だけでなく、業界特有の新規材料への抵抗感は避けられない。犠牲者がでたら取り返しがつかない、建物建築を軽んじてはならない。」(同)という声が多かった。やはり繊維業界にもあるという、有名ブランドのデザイナーがその素材を使ったという実績が必要なように、建築業界にも有名な建築家が使ったという実績が必要だと感じた。
そのころ、富山県の案件をいくつか抱えていた建築家・隈研吾氏が小松空港経由に切り替え、小松マテーレ本社へ訪問する機会を得た。その時は屋上緑化に活用する発泡セラミックス素材「グリーンビズ」を同氏が非常に気に入り(※その後、新国立競技場の緑化基盤に同素材を用いてコラボレーションすることに)、合わせて同社・中山会長とは「建築家は材料にもっと真剣に向き合わなければ。もっと材料にこだわった建築を。」との意見で一致。後日改めて同氏の事務所へ訪問した際に中山会長とともに奥谷氏は、同社内の建物の耐震補強に開発した製品を採用してもらえないかと相談を持ちかけた。すると隈氏は快諾し、施工に携わることとなった。奥谷氏は「後日談で、快諾した隈氏だができるのかと躊躇していたそうで、建築構造設計の研究分野で有名な江尻憲泰日本女子大学教授の助言もあり実現につながった」と話し、15年11月に旧本社棟に次世代の耐震補強材として「カボコーマ・ストランドロッド」を長さにして総計1万メートルほど使用し、「ファーボ」を完成させた。当時から建築家や建築を学ぶ人達が見学に訪れ、その仕上がりを興味深く見つめるという。
そしてこの実績を皮切りに、元々カボコーマ・ストランドロッドに興味を持っていた江尻憲泰教授が、「文化財は250年に一度補修を行うが、今やらないと250年後悔する」と設計をいちからやり直し、16年12月には善光寺(長野県長野市)の経蔵の耐震補強で同材料を採用した。これが文化財保護の関係社に口コミで広まり、19年3月には富岡製糸場西置繭所(群馬県富岡市、14年に世界遺産に正式登録)や20年7月には富岡市役所の隣に位置する旧富岡1号倉庫(現在:群馬県立世界遺産センター)への施工を行った。奥谷氏は「繊維産地・北陸の発展につながった、富岡製糸場の保護に当社が関われるとは」と、不思議な縁を感じているという。
19年11月には炭素繊維補強材の日本産業規格(JIS)が制定され、日に日にカボコーマ・ストランドロッドの信頼度は増している。また、「カボコーマ・シート」として信号柱や標識柱など鋼管柱やコンクリート柱に巻くことで腐食を防ぎ寿命を延ばすなど、その活用領域を広げている。もちろん、きっかけとなったファーボ施工時に「現場作業工程を減らすために、カボコーマ・ストランドロッドの両端に事前に取付金具を準備した方が良い」とアドバイスを受けるなど課題はまだある。しかし、炭素繊維の強度に将来への可能性を見つめ、その先で見つけた人と人の縁を大事に積み重ねる同社は確実に答えを提示するだろう。その成長でさらに飛躍する同社の未来は明るい。奥谷氏は「いち早く実績を増やして、この事業を会社の柱に育てたい」と強く意気込んだ。
(2022/3/22 05:00)