(2023/3/16 05:00)
紛争未然防止・早期解決に向け
これまでの連載では標準必須特許(SEP)のライセンス交渉におけるポイントを解説してきたが、今回と次回にかけては、SEPに関する各国の取組を紹介することとし、今回は日本の取組を紹介する。
特許庁ではSEPのライセンス交渉に関する透明性・予見可能性を高め、特許権者と実施者との間の交渉を円滑化し、紛争を未然防止および早期解決することを目的として、2018年6月に「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」(以下、手引き)を策定した。この手引きは、規範を設定しようとするものでも法的拘束力を持つものでもなく、将来の司法の判断を予断するものでもないが、公表当時における国内外の裁判例や競争当局の判断、ライセンス実務の動向を踏まえ、ライセンス交渉を巡る論点をできる限り客観的に整理した資料である。手引きの策定に当たっては、提案募集やパブリックコメントの実施という手続が踏まれ、これらを通じて国内外から寄せられた提案や意見を踏まえて透明性の高い手続きを経て策定された。これまでの連載で紹介した論点についても、手引きの中でより詳細に説明されている。
手引きが策定された18年以降、各国でSEPに関する注目すべき裁判例の蓄積が進んだ。例えば20年にはライセンス交渉の申込みをする段階において特許権者が提示すべき資料等について示したSisvel対Haier事件(ドイツ、最高裁、20年)や、グローバルライセンス料率の決定について示したUnwired Planet対Huawei事件(英国、最高裁、20年)といった最高裁判決が出されている。このような背景を踏まえ、特許庁は、手引きの内容を最新のものとすべく、手引きの改訂について検討し、22年に手引き第2版を公表した。手引きについては、「生きた」手引きであり続けるよう、今後も必要に応じて随時見直される予定である。
また、経済産業省では、SEPのライセンス交渉の透明性・予見可能性の向上を通じて適正な取引環境を実現するため、我が国として、国内特許を含むSEPのライセンス交渉に携わる権利者及び実施者がのっとるべき誠実交渉の規範を示すものとして、22年3月に「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」(以下、指針)を策定している。この指針も特許庁の手引きと同様に、法的拘束力を持つものでもなく、将来の司法の判断を予断するものでもない。
指針は我が国としての誠実交渉の規範を示すものであるのに対して、手引きはSEPのライセンス交渉を巡る論点を客観的に整理した資料である点で両者の位置付けが異なるものの、手引きでは、指針を特許権者及び実施者がのっとるべき誠実交渉の規範の一つとして参照しており、手引きと指針とは、その内容が齟齬(そご)するものではない。指針と手引きは、それぞれ経済産業省のウェブサイトおよび特許庁のウェブサイトから確認することが可能である。SEPのライセンス交渉に関し、より詳細に知りたい方はご確認いただきたい。
このほか、特許庁では、SEPのライセンス交渉の対象となる特許発明の標準必須性に関して当事者間に見解の相違がある場合に、当該特許発明が特定の標準規格に基づく標準必須の特許であるかどうかの判断を公正・中立な立場から示す、標準必須性に係る判断のための判定制度も提供している。本制度の運用については、「標準必須性に係る判断のための判定の利用の手引き」から確認することが可能である。
今後もこれらの取組を通じて、SEPに関する紛争の未然防止および早期解決が期待される。(隔週掲載)
◇特許庁 総務部企画調査課 課長補佐 川原光司氏
(2023/3/16 05:00)