(2024/1/11 00:00)
特別企画
横河電機株式会社
日刊工業新聞社
1915年の創業以来、社会の変化をいち早く捉え、自らを変革しながら成長してきた横河電機。計測、制御、情報というコア技術に磨きをかけ、「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」というパーパス(存在意義)の下、産業や社会の結束点となるべく事業領域を広げている。デジタル技術の飛躍的進歩で経済や社会に不連続な変化が起きる中、横河電機の歩む道は―。日刊工業新聞社社長の井水治博が、奈良寿社長に聞いた。
IA2IAで新たな価値を創造
2023年度までの中期経営計画を策定する際、10年先を見据えた長期経営構想を大幅に見直されたそうですね。どのような目標を掲げたのでしょうか。
社会の共通課題を解決し、社会貢献していくことで成長する企業になるため、事業体制を大きく見直しました。当社のサステナビリティ目標「Three goals」の実現に向け、主力の制御事業を「エネルギー&サステナビリティ」「マテリアル」「ライフ」の三つに再構成し、それぞれの事業を通じて「Three goals」で掲げるNet-zero emissions(気候変動への対応)、Circular economy(資源循環と効率化)、Well-being(すべての人の豊かな生活)に貢献していきます。
また、システム・オブ・システムズ(SoS)を今後の社会の潮流と捉え、SoSが進む世界をリードするインテグレーターになることも掲げました。これからは一つの会社、一つのシステムで価値を生み出すことにとどまらず、これらを「つなぐ」ことによって、単独のシステムでは難しかった目的を達成することが求められます。カギを握るのがIA2IA(Industrial Automation to Industrial Autonomy)とスマートマニュファクチャリングです。
IA2IAとはどのような概念でしょうか。
ロボットや人工知能(AI)などが台頭する中で、人とテクノロジーがどう調和するかが重要になっています。IA2IAとはIndustrial Automation(自動化)からIndustrial Autonomy(自律化)への移行を意味します。これは当社がお客さまとともに描く、製造業の未来への道のりです。お客さまが現在地と将来の目標を確認することができるよう、自律化の実現に向けた成熟度モデルを定義し、それぞれのお客さまに適した提案を進めています。
自律化を実現すると、プラントの設備や操作自体が学習能力を持ち、さまざまな事態に適応する機能を兼ね備えるようになります。人間の関与を最小限に抑えられ、オペレーターはより高度なレベルで最適化に専念できます。自律化は生産性を向上し、操業効率を最適化するだけでなく、そこで働く人の安全を確保することにも寄与します。
産業間連携、自律制御に注力
SoSにより全体最適化を図る中でサステナビリティに貢献する具体的な事例も生まれていますね。
プラント制御から領域を広げ、企業と企業、コンビナートとコンビナート、サプライチェーンとサプライチェーンなどをつなぎ、新たな価値を創出することに取り組んでいます。千葉県市原市五井地区および千葉市蘇我地区に立地しているエネルギー産業、石油化学産業、化学産業、鉄鋼産業、素材産業などの異業種企業と当社が連携し、コンビナートのカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現を目指して共同検討を始めました。個社で取り組むよりも二酸化炭素(CO2)排出量の低減を促進でき、回収したCO2を地区内で有効活用できる可能性があることを見出しました。
またロッテルダム港の脱炭素化に向けてオランダのロッテルダム港湾公社と共同で実現可能性調査を始めました。ロッテルダム港は欧州最大の港として120以上もの製造業事業者が立地し、エネルギートランジションの支援に取り組んでおり、コンビナートにおけるエネルギー(電気、蒸気、熱)、水、産業ガス(水素、CO2など)といった資源の有効利用に向けた産業間連携を進めています。このように世界的なカーボンニュートラルの潮流でビジネスチャンスが広がっています。
自律化ということでは、23年4月に弊社主催の第52回日本産業技術大賞で、横河電機の「プラント自律制御AI」が最高位である内閣総理大臣賞を受賞されました。
産業の自律化を進める上では、制御システムやセンサーセキュリティー、デジタルツイン、AI、ロボティクスなどOT(制御・運用技術)領域からITまでのさまざまなテクノロジーが求められ、センシングから操業全体にまたがるデジタルインフラも必要です。中でも重要なのはAIとロボティクスです。
プラント自律制御AI「Factorial Kernel Dynamic Policy Programming(FKDPP)」は、強化学習技術を使ったAIアルゴリズムです。奈良先端科学技術大学院大学と共同開発したAIアルゴリズムと、プラント操業や制御に関する当社のノウハウを組み合わせて実用化しました。
化学プラントの蒸留塔において手動制御していた箇所の自律化に成功し、23年3月には本採用が決まりました。強化学習AIがプラントを直接制御するものとして正式に採用されるのは世界初です。
日本のプラントは真夏と真冬で約40度Cの温度変化があります。今回、FKDPPを採用いただいた箇所では、PIDなど既存の制御手法が適用できず、熟練したオペレーターが15分毎に状況を確認し手動制御を行っていましたが、FKDPPによりAIで制御できました。さらに蒸留塔の留出物の品質や液面レベルを適切な状態に保ち、かつ排熱を熱源として最大限に活用するという複雑な条件を満たす制御をAIが行い、品質の安定化、高収量、省エネを実現しました。反響は大きく、化学業種に限らず国内外の大手のメーカーから多くの引き合いが寄せられています。
モノづくりの現場におけるAI活用の推進には何が大事だとお考えでしょうか。
日本には30-40年経過したプラントが多く存在し、予期せぬトラブルによるシャットダウンを避けたいというニーズが大きくなっています。当社には異常やその予兆の検知、原因推定、数値予測、品質推定に対応できるAIがあります。モノづくりの現場にある各種データを組み合わせ、品質向上、設備の予防保全、最適制御による効率改善、研究開発の効率化などに貢献します。いくらAIのアルゴリズムが素晴らしくても、実際にプラントに適用して問題を解決するにはモノづくりのノウハウが必要。そこがIT系企業に対する横河電機の強みといえます。当社のAIには人との調和を重視している特徴もあります。こうしたAIをモノづくりに生かす上でも「つなぐ力」が重要となります。
創業以来受け継がれるパイオニア精神と進化し続ける技術
「測る力」と「つなぐ力」は、21年に御社独自の道標を策定した「Yokogawa's Purpose」にもうたわれています。
「測る力」は横河電機が創業以来、育んできた技術です。「つなぐ」には当社が測ることから得た情報を結び付けることを示しているだけではなく、さまざまな産業におけるお客さま、企業と企業、産業と産業をつなぐ意味も込めています。情報を価値に変え、その価値を共鳴させて広げていくことを意味しているのです。「測る力」と「つなぐ力」は当社が決して失うことがないコンピタンスです。その力を今日の社会課題の解決に生かし、人と地球が共生する未来をかなえたい。そうした思いと覚悟を「地球の未来に責任を果たす」というコミットメントに込めました。
創業の精神がパーパスにも色濃く反映されているということですね。
創業者である横河民輔は「君たちはもうけようなどと考える必要はない。それよりもまず、技術を覚え、技術を磨くことだ。さすがに横河の製品は良い、といわれるようにしてもらいたい」と語りました。この言葉は横河電機の100有余年の歴史をつらぬく創業の精神となり、「品質第一」として今日まで受け継がれています。当社は何十年も前から、世界初の測定技術や世界初の制御システムなどを市場に送り出してきました。そして今も自律制御AIなど新たなテクノロジーを生み出し続けています。これらに裏打ちされた「測る力」と「つなぐ力」を強みに、これからも社会に貢献していきます。
御社の目指していく姿が明確に分かりました。本日はどうもありがとうございました。
(2024/1/11 00:00)