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(2016/8/19 05:00)
大手化粧品メーカー各社で「人の見た目の印象」を科学的に解明する動きが広がっている。若く、美しく見られたいという見た目の効果を化粧品に求める需要は根強い。だが、化粧が見る人の潜在意識にどのように働きかけて印象を決めるのかは、感覚的で未知な部分が多くメカニズム解明が待たれていた。各社は、印象を決める要因を特定できれば、新たな化粧品開発や競合他社との差別化につながるとみて、研究を推し進めている。(山下絵梨)
要因特定で他社と差別化/体の動きとの関係に多くの謎
【主観と客観的な現実にズレ】
外見の中でも、顔が印象に与える影響は大きい。人が顔を認知する際、目・鼻・口の正確な配置から顔そのものを検出する一次処理、顔の細かな違いを区別して個々の顔を識別する二次処理を経る。
脳が目に映った視覚入力を解釈して推測した結果が「現実」だが、主観的現実と客観的事実との間にズレが生じる。化粧はこの知覚特性を利用して顔の色・形・質感を補正することで「かわいい」「大人っぽい」といったさまざまな印象を演出できる。
「品」のある印象ならファンデーションやチークは肌なじみのいい自然な色みを、「華やか」なら目もと・口もとに色みと光沢感といった化粧を、メーキャップアーティストは経験から感覚的に見いだしてきた。
【化粧による錯視を検証】
なぜ、化粧がこのような効果を発揮するのか。資生堂は、人の目の錯覚「錯視」を検証し、アイメークで目が大きく見える効果を科学的に解明した。
大阪大学大学院人間科学研究科の森川和則教授との共同研究で、アイシャドーを塗布した化粧顔の目は素顔の目に比べて面積換算で約10%大きく見えると測定し数値化。さらに眉の角度が1度変化すると目が0・18度変化して認知されると確認した。たれ眉ならたれ目に、つり眉ならつり目に同じ方向にやや傾いて見える。
資生堂の山南春奈研究員は「目と眉でデルブーフ錯視が起きる」と原因を指摘する。デルブーフ錯視とは、同じ大きさの円で単独円より二重円の方が同化して大きく見える現象だ。
では、化粧顔の錯覚に男女差は存在するのか。阪大の森川教授らが実験した結果、0・6メートルの観察距離では錯視量に男女差はなかったが、5メートルでは男性の錯視量が女性の2倍以上に増加した。
森川教授は「女性は他の女性の化粧顔を冷静に見ているが、男性は遠目で見る化粧顔に魅惑されやすい」と分析する。
【老け方に一定の法則】
老いにあらがいたいという欲求は高齢社会を背景に高まっている。アンチエイジング化粧品が人気のポーラ・オルビスホールディングス(HD)は、顔の構造と形状変化の関係から将来の老け方に一定の法則があると発見した。「切れ長の細い目や顔幅が短い人は額のシワに注意」「たれ目や顎が細い人は法令線が目立つ」といった症例を方程式化。20―30年後の実際の顔の印象を予測するシミュレーションを構築した。
花王は、頭顔部を3次元(3D)計測して年齢印象を研究。目尻が下がるなど加齢変化の特定の組み合わせが実年齢と異なる見かけ年齢を決めていると突き止めた。
医療分野でも活用が進む。ノエビアHD子会社の常盤薬品工業(大阪市中央区)は、皮膚疾患患者の顔を対象にアイトラッキング分析で他人の視線の動きから印象を測定。化粧によって視線が顔の皮疹部分以外に誘導されると明らかにした。
顔の経済効果とも言える日本の化粧品市場規模は約1兆5000億円。科学的根拠を基にした製品化の動きも加速している。資生堂は「マキアージュ」のプロモーションで「110%大きな目をつくるアイシャドー」と数値を訴求し、ヒットにつなげた。常盤薬品工業は臨床皮膚医学化粧品ブランド「ノブ」を10月に刷新する計画だ。
印象を構成する要素は化粧だけではない。人の印象は立ち居振る舞いや話し方などの要素が複雑に絡み合って決まる。体の動きと化粧の見え方の関係は謎が多く、理論的研究は「まさに今そこを目指している」(黒住元紀ポーラ化成工業研究員)。印象メカニズムの解明が進めば、“見た目を自在に操る”そんな時代が近付くかもしれない。
■ルノワールの絵画のような肌−青と赤、光の反射利用
美しい肌の印象の絵画からメーク料開発のヒントを得られないか―。ポーラ化成工業(横浜市戸塚区)は、印象派を代表する画家の1人、ルノワールに着目。どのように肌の透明感を作り出したのかを解明した。
キャンパスに地塗りを施し土台を整えて絵の具を塗る絵画の作業は、下地料を施し地肌を整えて化粧をする作業と共通点が多い。
ルノワールの名画「水のなかの裸婦」の分光反射率(目に見える光の波長の反射パターン)を測定すると、人の肌の光の反射パターンと非常に似通っていた。ビデオマイクロスコープで画法を解析すると、ルノワールは赤を塗った後に完全に乾いてから青を塗る手法をとったことが判明。2色を混ぜず層にして赤と青の光の反射を利用することで、透明感のある肌を描いた。
この研究結果から同社は赤と青を使ったマゼンダ色の粉体を開発。光の反射で肌を美しくみせるファンデーションを発売した。
■資生堂、CGで化粧顔を再現−顔情報を数値化、色みや質感を再現
資生堂は3Dコンピューターグラフィックス(CG)技術を用いて化粧顔が作成できる「メーキャップシミュレーションシステム」を開発した。顔情報を数値化した計算式を組み込み、CG顔にさまざまな化粧が再現できる。
化粧品開発での印象評価試験は同じ条件下で「メーキャップが演出する印象を共通理解することが重要」(大高瞳研究員)。これまでメーキャップアーティストがモデルに化粧を施していたが、人によって化粧方法やモデルの顔が異なり、印象のバラつきが課題だった。
同システムは20―30代女性のCG平均顔モデルに、従来の画像処理技術では難しかった化粧の色みや質感を再現できるようにした。メーキャップアーティストが感覚的に捉えてきた「みずみずしい」「マット」といった仕上がりも、肌・目元・口元とパーツ別で「バリエーションは無限」(同)に再現できる。
化粧品ブランド「マキアージュ」の開発に応用したほか、将来は海外での活用も視野に入れる。
(2016/8/19 05:00)