[ オピニオン ]
(2016/9/1 05:00)
職人気質を描いて名高い幸田露伴の『五重塔』。白眉は終盤の嵐の夜の場面だ。「人間は我等(われら)を軽んじたり、久しく我等を賤(さげす)みたり」と飛天夜叉(やしゃ)王が怒り荒ぶるさまを、暴風と豪雨を浴びせかけるかのような言葉の奔流で描く▼作中で江戸・谷中の名刹(めいさつ)に完成した五重塔を揺るがしたのは突然の冬の嵐であり、夏の台風とは違う。ただコンクリートと鉄骨で風雨に備えた現代人は、時として自然の脅威をどこか軽んじてしまっている▼1日は防災の日。台風10号がもたらした東北・北海道地方の被害の詳細が明らかになってくるのは辛い。被災した方々にお見舞い申し上げる。サプライチェーンへの影響や、農水産業への打撃もまぬがれない▼観測史上初の太平洋岸からの東北上陸。西日本や南西諸島のような“台風銀座”に比べて、どこかインフラに不足はなかったか。毎年のように自然災害で死傷者が出る日本では、コンクリートや鉄骨への投資も、まだ簡単に手を抜くことはできない▼露伴描く飛天夜叉王は、人間に「定めの牲(にえ)」を求めた。現代の日本人は、そんな供物は用意できないけれど、せめて自然を敬い、災害を恐れることを忘れずにいたい。台風シーズンは、まさにこれからである。
(2016/9/1 05:00)