[ ロボット ]
(2016/9/9 05:00)
【リアルタイムのデバイス制御でイノベーション起こす】
トヨタ自動車やパナソニック、ファナックなど名だたる大企業と提携し、日本を代表する人工知能(AI)スタートアップとなったプリファード・ネットワークス(PFN、東京都千代田区)。創業者でもある西川徹社長が、9月7日まで都内で開かれたスタートアップイベント「テック・イン・アジア東京2016」(日刊工業新聞社後援)のトークセッションに登壇し、最新のAI活用事例から、グーグルなどライバルに勝つための道筋、AIブーム後をにらんだ戦略などについて語った。連載の番外編として、西川社長の発言内容を紹介します。
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賢い機械を賢くつなげる
AIにはいろいろな定義があるが、一番重要と考えているのが、AIはコンピューターのプログラムであるということ。コンピューターに実装されることで、コンピューターの持つ力を最大限に活用できる。コンピューターはネットワークの力を借りて自由に通信することができるので、知能を交換できる。つまり、コンピューターとネットワークを使って進化していくのがAIと考えている。社名が「プリファード・ネットワークス」と複数形になっているのは、重要な技術であるニューラルネットワークとコンピューターネットワークを融合することをメーンタスクとしているため。機械を賢くして、それら賢くなった機械を賢くつなげるのが我々の大きなミッションでもある。
(ここでビデオを紹介)これは今年初めに開催された「CES2016」のトヨタ自動車のブースで紹介したぶつからない車(モデルカー)の例。白い6台の車は、はじめは互いにぶつかってカバーが壊れたりしていたが、深層強化学習を12時間行った後には、AIによる自動運転の技術により、まったくぶつからないようになった。白い車に対してわざと邪魔するような運転をする赤い車を入れても、ぶつからないように動く。6台で学習を共有することで複雑な事象に対応できるというデモになっている。
次は深層学習をロボットに応用したバラ積みロボットの例。箱の中にあるバラバラのものをつかむのはロボットには難しい。そこで、ロボットを8時間放置して取り方を学習させたところ、成功率9割くらいでつかめるようになった。今まではさまざまな状況に対応するため、人間がプログラムにルールを書き込んでいたが、人がプログラムを書かなくてもロボットが難しい作業を学習する。AIによって機械を賢くした例の一つだ。
倉庫のピッキングも深層学習で
三つめは最新の成果で、7月3日までドイツ・ライプチヒで開かれたアマゾン主催の「アマゾン・ピッキング・チャレンジ2016」。ロボットが倉庫の棚から物体を取り出して箱に詰める技を競う。現在はすべて人手で行われている作業をロボットに置き換えようというもので、われわれも参加した。これはロボットのひじの部分のセンサーで棚の中を認識し、はさみなど与えられた物体を取ってくるところ。こちらは後ろに掃除機が付いた吸引式のロボットで、棚にどういう物体が入っているのか、どこをつかめばいいのか、どの部分を吸い付ければ安定してつかめるのか、を繰り返すことにより、深層学習で認識する。当社チームは「ピック・タスク」部門で1位と同点ながら時間差で負け、惜しくも2位となった。1位はオランダのデルフト工科大学チーム。実は今回、そこの人材が1人われわれの会社に入ってきたので、デルフトチームの作戦を融合しながら来年は優勝できるかと思う。
世界中から人材獲得
AIの人材獲得競争でグーグルはライバルだが、取り組んでいる分野はだいぶ違う。直接立ち向かうのは難しい。ただ、AIが活用される場は非常に多くのチャンスがある。オフライン、リアルタイムのデバイスでのAI活用は始まったばかり。グーグルが起こしたイノベーションと同様の大きなインパクトを世の中に与えられるのではと思っている。
社員は今50人くらい。研究室に近い雰囲気だが、ビジネスに興味を持っているメンバーが多い。多様性を重要視し、世界中から優秀な人材が集まっている。映像、ロボット、数学など、いろいろな分野の専門家同士で、能力を高めあう、そういった雰囲気を重要視している。(ライバルからの人材獲得について)これからはかなりアグレッシブに、優秀な人たちと働ける環境を作っていくことも重要だと思っている。
大企業との協業はシナジーに重点
大企業と一緒に仕事をする際、PFNはお金の心配が今のところないので、われわれを重要視しているか、シナジーが生めるかどうかに判断基準を置く。そのため、交渉はあくまで対等のパートナーとして強気に出ることが多い。例えば、著作権は基本的に自分たちで持つ。著作権を先方に取られると中長期に目指す、賢くつなげていくプラットホームの部分を育てていくことができないためだ。基本的には著作権を当社が持つところから交渉がスタートする。
これまでに20億円ちょっと資金調達し、売上高も同程度になりつつある。人材にかなり投資できる体力ができてきた。ただ、いきなり50人が500人になることはない。優秀な人を探すのはそれなりに時間がかかる。最近は海外からや中途採用の人が増えている。優秀な人はけっこう大企業の中にいるのかもしれない。われわれがやろうとしているのは、AIとネットワークを融合させることと、AIと機械を融合させること。機械に強い会社は日本にけっこうあるし、ネットワークに詳しい人材も世界中にいる。そういう人たちにアプローチしていかなければならない。接点としてアマゾン・ピッキング・チャレンジでも、申し込んだその日のうちに4件もの(採用希望の)応募があった。人材確保には、外部との接点を広げていくのが重要で、対外的にプレゼンテーションの機会を増やしていこうかなと思っている。
「AIブーム」後にらむ
現在のAIブームはあと3、4年続くと思う。だが、ブームはいずれ終わる。どうやってAIの次を作っていけるかに興味がある。AIの応用分野では今、画像認識が多い。画像認識の精度がどんどん上がっていくにしても、自動車の制御に使えるようになるには、もう一つ技術的なブレークスルーが必要。認識の精度のほかにやらなくてはならないのは制御。デバイスコントロールの部分の技術開発がこれから進んでいくと思う。
言語処理は基礎研究で進めているが、今の深層学習は2、3歳レベルの知能であれば近づけると言われている。言語処理は非常に高度なタスクであり、AIがペラペラしゃべるようになるにはブレークスルーが何回も必要になる。一方で、2、3歳でも運動能力は身に付けていて、そうしたAIの運動能力を使えば機械を賢くできるし、用途を制限すれば何か面白いものができるだろう。ただ、一般の人が想像するようなAIと自由に言葉でコミュニケーションできるようになるのはまだ先ではないか。近い将来(コンピューターの能力が人間を超える)シンギュラリティー(技術的特異点)を迎えるほどの理論的なバックグラウンドはあるかというと、ないと思う。数年後には革新的な技術でAIが進化する可能性はあるが、現時点では先々どうなるか、確信できる段階にはない。
われわれがグーグルやウーバーといった海外の大手に自動運転そのもので勝つというより、この分野ではトヨタと密接にやっていく。むしろ自動運転が達成できた後の世界のほうが面白いと思っていて、自動運転車をコマのようにして、社会システム全体の最適化を図っていく。たくさん動かせる要素があった場合、それらをうまくアレンジし、プランを立ててシステムを最適化する。こうした技術は社会実装されているわけでもないので、スピードで勝てる領域かなと思っている。
生物学・医療分野にもチャンス
個人的にワクワクする分野としては、自動車もロボットもどの分野も面白い。会社の中にもいろいろなロボットを置いてワクワクするような日々を送っている。こうした分野の技術的な課題は見えているので、あとは突き進むだけ。もう一つ、今後イノベーションを起こしていける領域に生物学がある。例えば、がんは複雑で多様性を極めている。人が実験をして現象を理解するというやり方はそろそろ限界を迎えつつある。たくさんの遺伝子の変化を同時に見るような、コンピューターの力で難しい疾患を解析していけば、今まで解けなかった難しい病気を一気に治せるのではないか。そこがこれからチャレンジングになるのではと思っている。どの分野も最終的にはくっつくと思っていて、ロボットと医療、ロボットと自動車が融合する。当社もいろいろなビジネスをやっているが、いずれ一つの技術に集約していくと見ている。
(次回は9月16日掲載予定)
(2016/9/9 05:00)