[ オピニオン ]
(2016/10/3 05:00)
ここに来て人工知能(AI)が大きく進展を見せています。このままいけば、人間の能力を超えるAIの超知性が誕生したり、あるいは人類の技術をベースにした未来予測が成り立たなくなるといわれる「シンギュラリティ(技術的特異点)」が到来したりといった事態も、もしかすると現実味を帯びてくるかもしれません。
「(『ターミネーター』などの映画は)非現実的な話だ。AIがなぜ人類の敵となり、人間に危害を加えるのか。テクノロジーは人間の限界をサポートしてくれるものであって、機械か人類のどちらかが世界を支配するという話ではない」
シンギュラリティによるディストピア(暗黒郷)到来の懸念を、こう言って一蹴するのは、シンギュラリティが2045年に訪れると予測し、日本でも著名なレイ・カーツワイル博士。発明家・未来学者かつAI研究の世界的権威で、現在は米グーグルでエンジニアリングディレクターを務め、自然言語理解の研究チームを率いています。
同博士はAI型統合業務パッケージ(ERP)ソフトを開発・販売するワークスアプリケーションズが9月28日に都内で開催したイベントの基調講演に登場。同社の牧野正幸CEOとの対談の中で、前出のようにAI脅威論を完全否定してみせました。それどころか、、「こうしたテクノロジーを我々の体内に取り込むことで、免疫システムを強化し、がんなどあらゆる病気に対処して寿命を延ばしたり、クラウドベースの『第2の脳』で思考そのものの領域を拡張したりするのがAIの将来の姿。テクノロジーの進展とともに世界はより良い場所になっていく」と、AIについての楽観論を展開しました。
偶然でしょうが、ちょうどその翌日には、世界を代表するIT企業6社がAIの普及を目指した非営利団体(NPO)「パートナーシップ・オン・AI」を設立すると発表しています。創設メンバーには、アマゾンや、カーツワイル博士の所属するグーグル、その子会社で世界トップクラスの囲碁棋士を破ったソフトの開発元であるディープマインド、フェイスブック、IBM、マイクロソフトと錚々たるメンバーが参画。AIが人間の雇用を奪ったり危害を加えたりするのでは、といった不安や懸念に対して、一般と対話を重ねながらAIのメリットと重要性、それに課題をきちんと知ってもらい、普及につなげていこうという狙いがあります。
これとは正反対にAI脅威論の立場に立つのが、英国の宇宙物理学者スティーブン・ホーキング博士や、米テスラモーターズのイーロン・マスクCEOら。特にマスク氏はシリコンバレーのIT起業家や投資家とともに、昨年設立されたNPO「オープンAI」に合計10億ドルを寄付し、目先の経済的利益よりも、研究成果やプログラムを広く共有することで人類社会の発展に寄与するAI研究を後押ししています。
ただ、カーツワイル博士もAIに代表される先端技術について「両刃(もろは)の剣でもある」と述べています。それはテロリストのように、テクノロジーを悪用しようという人間が必ず出てくるため。対応策として、「非常に高いレベルでモラルを確立していかなければならない」と強調しました。
シリコンバレーにあるシンギュラリティ大学の共同創設者でもある同博士は、同大学には「指数関数のように飛躍的な考え方をする人たちが集まり、世界規模の問題を解決するプロジェクトに取り組んでいる。ラーン・バイ・ドゥーイング(実行しながら学ぶ方式)で障害を一つ一つ乗り越えながら、成功につなげていく。これこそが正しい学習だ」とも言います。
シンギュラリティと言われる現象や事態が本当に訪れるのかどうか、正直わかりませんが、自動運転車に代表されるようにAI技術が社会に広く深く組み込まれる時代を見据え、そうした社会に不可欠となる倫理観の醸成や、哲学的な議論がそろそろなされるようになっていくことでしょう。同時に、指数関数的に急速に発展するテクノロジーに適応する、あるいはそれを使いこなすための人材育成や教育も、車の両輪となるのは言うまでもありません。
カールワイル博士の言葉を借りれば、人間や社会に危害を及ぼす可能性があるのは、AIではなく、それを作り出した人間のほう。人間ももっともっと賢くなる必要があります。(デジタル編集部長・藤元正)
(2016/10/3 05:00)