[ トピックス ]

深層断面/東大VC、活動本格化−大型の技術VB創出

(2017/2/28 05:00)

東京大学の投資事業会社でベンチャーキャピタル(VC)の東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC、東京都文京区)の活動が本格化してきた。2016年12月に250億円の1号ファンドを組成し、すでに東大関連のVC4社へのファンド出資を決めた。東大―経団連の枠組みと連動させる2号ファンドも100億円規模で検討中だ。東大は、東大IPCをハブとするベンチャー(VB)とイノベーションの新たな生態系(エコシステム)構築に挑む。(編集委員・山本佳世子)

  • 病気治療アプリで東大医学部と共同研究するキュア・アップ(ビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ提供)

  • VB育成プログラムで賞金パネルを手にする入賞者ら(ビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ提供)

新たなエコシステム構築

【ファンド設立】

東大IPCは、政府資金による京都大学など4国立大出資事業の一環で立ち上がった。東大の出資金417億円は、他3大学と比べても多額だったことから、既存VCに対する民業圧迫とならないよう、「VBへの単独直接投資は行わない」という基本方針を打ち立てた。VBやイノベーションを創出し続けるエコシステム構築を使命とする。

1号ファンドはこの方針に沿って二つの活用法を計画している。一つは「東大関連の既存VCのファンドへの出資(間接投資)」で、全体の3割を充てる。“ファンド・オブ・ファンズ”の形をとることで、VBと合わせてVCも支援する仕組みだ。もう一つが「成長期VBに対する既存VCとの共同投資(直接投資)」で、7割はこれに回る。

ファンド出資をいち早く受けたビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ(東京都中央区)は、東大IPCからの5億円を最後に、自社の1号ファンドを計55億円で完了した。同社はこれまでの投資先11社中、4社が東大関連VBと実績があり、それが東大IPCに認められた主因だ。

インクジェットプリンターで電子回路印刷をするAgIC(エージック、東京都文京区)は、投資先の東大発VBの一つ。慶応義塾大学発VBだが、東大医学部と共同研究する病気治療アプリのキュア・アップ(東京都中央区)も、東大関連VBに相当する。

【意識共有】

「起業前後のVBを育成するアクセラレーションプログラム、BRAVE(ブレイブ)の運営も評価された」とビヨンド・ネクスト・ベンチャーズの伊藤毅社長は説明する。エコシステム構築の意識共有が、東大IPCのパートナーにふさわしいとされた。

さらに東大IPCは2月に3社へのファンド出資を発表した。ただし、出資先に東京大学エッジキャピタル(UTEC、ユーテック、東京都文京区)の名はまだ見られない。同社は東大発の大型バイオVB、ペプチドリームの東証1部上場など、ずぬけた実績を持つVCだ。

日本における大学発VB投資の草分けとして、初期のファンド資金集めで苦労しただけに、政府資金を背負う東大IPCに対する思いは複雑だ。東大IPCの制度設計にも大いに意見してきた。東大IPCの大泉克彦社長は、UTECを重要なパートナーと認識し、出資を考えているという。だがUTECは、東大IPCとの連携に他VCほど素直になれない面がありそうだ。

【投資の課題】

日本のVCはかつて、大組織を後ろ盾とした信用が求められ、金融機関や大企業の子会社などの系列が中心だった。ファンドマネジャーが会社員のため、リスクがとれない点が課題とされた。しかし近年、ITビジネスの進展により、10億円程度の小規模ファンドで、リスクをとって成功する独立VCが注目を集めている。

一方、技術・モノづくり系の大学関連VBでも、ミドリムシのユーグレナや、ロボットスーツのサイバーダインなどの大型成功例が登場。政府の後押しもあり、大学発VBの支援ファンドが今また、活況を呈している。

技術系VBの課題は事業化まで時間と資金がかかることだ。ライフサイエンス系での動物実験やデータ採取の人件費、素材系のパイロットプラント設置などで費用がかさむ。巨額の資金が必要になるが、一つのVCでは出せる額でない。そのため最終段階では、複数VCの共同投資となるのが一般的だが、難航することも多い。

ここで期待されるのが東大IPCだ。今後、1号ファンドの資金の多くを、既存VCとの連携による成長期VBへの共同投資に振り向ける。「各VCは競争相手で、かつVB育成の協調相手。東大IPCがこれらを束ねていく」(伊藤ビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ社長)ことになる。

■インタビュー/東大IPC社長・大泉克彦氏「優秀な案件、開発支援」

4国立大出資では先発の大阪大学、東北大学、京大で、すでに計十数件のVB直接投資の実績がある。東大IPCは真打ちとして登場だ。三井物産出身で海外VB投資の経験を持つ大泉克彦社長に、他大学VCと異なる独自路線について聞いた。

―東大IPCは単なるVCではなく、東大の投資事業会社だと強調されていますね。

「我々は東大の技術を核に、VBとイノベーションを起こし続けるための共通基盤、プラットフォーム会社と考えている。ファンドは手段の一つだ。日本の産業で力のある素材や生産などの技術と、国立大理工系の強みを生かし、大型の技術VBを創出していく期待に応えたい」

―ファンド投資以外のVB支援策は、どのようなものを考えていますか。

「東大の学生向け起業家教育『アントレプレナー道場』と連携する。ここでの優秀な案件に試作品開発の資金を支援する。教員の基礎研究と、学生らによる事業化の間を橋渡しする“ギャップファンド”の位置付けだ」

「試作なしの起業で行き詰まったかつての大学発VBと比べ、成功率は高まるはずだ。起業後は分野ごとに強い連携VCに、投資を通じて育ててもらう」

―大企業のカーブアウトVBを対象とする2号ファンドの構想は。

「東大と大企業の共同研究の成果の中には、電機メーカーなど大企業の事業見直しによって取り残された案件がある。市場が小規模でもVBでの事業化なら魅力がある。16年11月に立ち上がった東大・経団連ベンチャー協創会議を活用し、大企業から切り出したVBを、2号ファンドの投資先として育てていく」

「日本はVBと大企業の関わりが少なかったが、これを変える必要がある。大企業の技術者として心血注いで取り組んできた案件を、今度はVBトップとしてリードしていく人材が多数、出てくることを望んでいる」

(2017/2/28 05:00)

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