[ 機械 ]
(2017/6/29 13:30)
団塊の世代の多くが定年を迎えるとして話題となった、「2007年問題」から早10年が過ぎようとしているが、いまだ製造業において技能伝承に悩んでいる企業は数多くある。そういった企業のほとんどは、再雇用や雇用延長によって熟練技能者に社内にとどまってもらい、若手への技能伝承を期待していたが、結果として狙いどおりの技能伝承はうまくいかず、問題の先送りになってしまっただけというのが実態のようである。
当社のグループ会社である射出成形用金型メーカーの㈱IBUKI においても従業員の高齢化が進んでおり、特に高度技能を要する仕上げ工程や成形工程においては技能伝承が待ったなしの状況となっている。そこで、当社では 2016年より IBUKI において技能伝承の成功モデルを確立すべく、AI(人工知能)を活用して熟練技能者のノウハウを可視化する取組みを行っており、現在まだ道半ばではあるが有用な成功事例も得られ始めている。
本連載では、少しでも日本の金型メーカーひいては日本のモノづくり企業が抱える技能伝承問題の一助になることを目的とし、IBUKI における取組み事例を中心に、これまであまり論じられていない新たな視点で技能伝承問題にどのように取り組んでいくべきかを考えていきたい。
【㈱O2 調達・生産ディビジョン マネージャー 雲宝広貴/同 ソリューションコンサルタント 船越大生 】
国内金型メーカーを取り巻く環境と技能伝承の現状
金型業界は製造業の中でも特に技能偏重の業種であるとともに、中小零細企業が多いため、技能伝承の重要性が高い業種であると言える。例えば、特定の熟練技能者の退職がそのまま事業継続困難につながるリスクがある、といっても過言ではない状況の金型メーカーが少なくないと思われる。
さらに、国内金型業界を取り巻く環境として、比較的難易度が低くリピートも多い金型は、現在ほとんどがアジアなど比較的賃金が安い海外で製作されており、国内で受注できる金型は難易度が高くリピートも少ない、いわゆる“やっかいな金型”が増えてきている。もちろん、金型メーカーとしてそういった難易度の高い金型にチャレンジして実力を向上させるのは望ましいことではある。だが、技能伝承の側面で考えると、熟練技能者ですら頭を悩ますような新たな難問が短納期の中で毎回要求されるため、とても若手をじっくり育てながら仕事を進めていくといった余裕はなく、さらにリピートも少ないために数をこなす習熟効果もほとんど期待できないという、より厳しい状況に陥っていると思われる。そのような状況下の国内金型メーカーは、技能伝承を優先課題と認識しながらも有効な打ち手が見つからず、年々技能伝承が困難な環境に陥ってしまっているのが現状と言える。
なぜ技能伝承がうまくいかないのか
技能伝承の重要性を認識していない企業はないと思われるが、実際に技能伝承がうまくいっている企業はそれほど多くない。技能伝承がうまくいかない理由としては、以下の内容がよくあげられる。
・現場だけで課題に取り組んでおり、経営課題として取り組んでいない。
・通常業務外の時間で実施するのが一般的な認識だが、その時間が確保できない。
・伝承すべき技能を明確化、形式知化できていない。
・教える側、教えられる側のコミュニケーション力が不足している。
確かに、こういったことも技能伝承がうまくいっていない一因と思われるが、当社はそれ以外の理由として、現在の環境変化に応じた技能伝承手法を確立できていないことも大きな要因と考えている。前述のように、金型メーカーを取り巻く環境は、より短納期の中で難題を解決しながら業務を進めなければならない状況に変化してきているが、技能伝承については旧態依然の方法で取り組もうとしている企業が多い。たとえ教育コンテンツを充実できたとしても、熟練者が若手に十分な時間を割いて教えることは、企業規模にかかわらず非常に困難であると思われる。したがって、現在の過酷な状況下でも有効な技能伝承の方法を、新たに考える必要があるのではないだろうか。
技能伝承に有用な熟練ノウハウのデジタル化のあり方
このような背景のもと、技能伝承の新たな取組みとして「IoT(モノのインターネット)」や「インダストリー4.0」といった潮流を取り込み、熟練ノウハウのデジタル化に取り組む企業が増えてきている。この流れ自体には賛同でき、当社もAI を活用した熟練ノウハウのデジタル化に取り組んでいるが、IoTやAIの技術ありきで活動を進めてしまうと、途中で目的を見失ったり、狙った成果につながらなかったりする可能性があると考えている。まずは、技能伝承を進めていくうえでのコンセプトを明確にしておくことが重要と考える。
このコンセプトは正解が1つではなく、自社に合ったコンセプトを考えるべきであり、以下に当社の考えるコンセプトを述べる。
1.人が中心のデジタル化であるべき
最近よく耳にする製造業におけるデジタル化の取組みについて、技能伝承への展開という視点で見ると、若干の違和感があるというのが正直なところである。というのも「形式知化してデータ化する」ことに捕われすぎており、「情報と機械が主役」になってしまっているケースが少なくない。決してそうではないと言いながらも、結果として「人と機械の置換え」の方向に進んでいってしまっている取組みが散見される。これは自動化・効率化が中心になっており、技能伝承を中心に考えられたロジックになっていないためと考える。技能伝承とは「人」から「人」へ伝えていくものであるため、人が主体的にデジタル化された情報をどのように受け取り・活用していくかがポイントとなってくるが、その「人が中心のデジタル化」がどうあるべきかという議論をもっと深めるべきではないだろうか。
そこで当社では、「TMD(Traditional Monozukuri,Digital)」というコンセプト(図)を掲げ、日本のモノづくりを支えてきた「人の感性が主役」と考える“伝統的モノづくりのデジタル化”に取り組んでおり、人と機械の分業という方向ではなく、人とデジタル技術の融合によりモノづくりをより進化させることを目指して活動している。
2.“答えを出す”よりも“良質な気づき”を活動の主体とすべき
熟練ノウハウをデジタル化する際のもう一つ重要な視点として、アウトプットをどこまで求めるかという議論も必要である。デジタル化する際には、往々にしてロジックを明確にして「答えを出す」ことを目的に取り組むことが多いが、特にモノづくりにおいてはいくつかの弊害も考えられる。
一つは、やり方が変わった際の更新の手間である。多品種で顧客が要求する仕様の変化も激しい国内のモノづくり環境においては、製造方法を変えなければならない場合はよくあるが、そのたびにデジタル化したロジックを更新していくことは非常に手間であり、形骸化しやすいと考えられる。
もう一つは、数値化しづらい暗黙知として扱われる熟練者の「考え方」や「振る舞い」の部分が置き去りになってしまうことである。特に職人的な技能が多い金型製造工程においては、ほとんどが形式知化前提のデジタル化は難しく、対象外になってしまうことが予想される。
そこで当社は、前述の「人が中心のデジタル化」においては、答えは人が導き出すべきものであり、適切な答えに早くたどり着くための“良質な気づき”を与えることをデジタル化の目的とすべきではないかと考えている。そしてこの“気づき力”こそが熟練者と若手の大きな差であり、この厳しい環境下における技能伝承成功のキーになるという仮説をもって活動に取り組んでいる。
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以上のように、「人が中心」かつ「良質な気づき」を基軸としたデジタル化をコンセプトとして、技能伝承に取り組んでいくことが重要であると考えており、次回以降でさらに深掘りしていきたい。
(2017/6/29 13:30)