[ オピニオン ]
(2017/7/3 05:00)
およそ1年半で半導体集積回路に含まれるトランジスタの数が2倍になるという「ムーアの法則」の限界が見え始めた中、新しい方式のコンピューターが注目されています。その一つが量子コンピューター。今のデジタル方式のコンピューターのように0か1かの2進法ではなく、量子力学の原理を利用して0と1が重なり合った状態を扱えるため、これまででは考えられなかった超高速の並列演算処理が行える夢のコンピューターだと言われています。
ただ、こうした「量子ゲート方式」と呼ばれるコンピューターは、極低温で超電導状態の素子を使い、不安定な量子重ね合わせを維持しながら演算するため、実用化までの道のりも並大抵ではありません。
一方で、同じく量子重ね合わせの原理を使いつつ、「量子アニーリング(量子焼きなまし)」という現象を演算処理に応用したマシンをいち早く開発し、2011年に発売したのが、カナダのベンチャー企業、ディーウェイブ・システムズ(D-Wave Systems)でした。
実は、このシステムは東京工業大学の西森秀稔教授らが1998年に提唱した量子計算理論をもとに開発されたもので、最新型の「D-Wave 2000Qシステム」は2000個もの量子ビットを搭載しているといいます。しかも、Dウェイブのマシンのユーザーには米グーグルや米航空宇宙局(NASA)、米ロッキード・マーティン、独フォルクスワーゲンなど錚々たるメンバーが名を連ねているのにも驚きです。
通常のコンピューターが幅広い用途に使える汎用機なのに対し、ディーウェイブのマシンは特定の問題しか扱えません。つまり、従来型のコンピューターだと計算に非常に時間のかかる「組み合わせ最適化問題」を効率的に解くためのコンピューターなのです。
量子コンピューターの「本命」と言われる量子ゲート方式よりは、だいぶ早く実用化にこぎ着けましたが、こうした量子アニーリングマシン(量子アニーラー)も超電導デバイスを使うため、システムが大掛かり、かつ高価であることに変わりはありません。
そこで、量子アニーラーに着想を得て、日本の富士通研究所とカナダのトロント大学が共同で取り組んだのが「デジタルアニーラ」。量子力学の原理も超電導も使っていません。
それでも、「量子コンピューターではありませんが、狙っているところは一緒です」と富士通研究所コンピュータシステム研究所次世代コンピュータシステムプロジェクトディレクターの小柳洋一氏。量子アニーラーで解こうとしているのと同じ問題を、従来の半導体技術を使って解ける計算機アーキテクチャーを作り上げたというのです。
しかも、単なる技術開発に終わらず、2017年中の商用化も計画しているとのこと。富士通研の親会社である富士通と、量子コンピューティングソフトウエアを開発するカナダの1QBインフォメーション・テクロノジーズ(1QBit)が協業して実行環境を構築し、富士通の人工知能(AI)「Zinrai(ジンライ)」のクラウドサービスのオプションとして、組み合わせ最適化問題のソリューションや高度な機械学習機能の提供を始めるそうです。
もともと量子アニーラーでは、近くにある量子ビット同士の物理的な相互作用を利用しています。互いに影響を及ぼし合い、エネルギーがもっとも低い状態を目指してそれぞれの量子ビットの値が0か1に収束することで、組み合わせ最適化問題を解いているのです。
富士通研究所フェローの田村泰孝氏の説明によれば、1024ビットのデジタルアニーラでは、どのビットも完全に相互接続されたハードウエア構造を実現したとのこと。それぞれのビットに割り当てられた値を反転させながら、エネルギーが最も低くなる状態を並列演算処理で高速に探し当てていきます。
その場合、量子トンネル効果でエネルギーが最も低い基底状態に行き着く量子アニーラーと違って、局所的なエネルギーの谷間にとどまってしまうデジタル回路のデメリットを解消する仕掛けも用意。これまでのように熱ノイズを加えるだけでは時間がかかるので、オフセットを加えることで谷間から早く脱出するようにし、最終的に基底状態に持って行くそうです。
こうしたデジタル回路は計算のパフォーマンスも高いとのこと。例えば、組み合わせ最適化問題の例として挙げられる「巡回セールスマン問題」。セールスマンが複数の都市を1回ずつ訪れ、最後に出発した都市まで戻ってくるとしたとき、全体の移動距離の合計が最小になるルートを割り出す問題で、運転ルートを最適化できるカーナビなどへの応用が想定されています。
田村氏によれば、1024ビットのデジタルアニーラは32都市の巡回問題を解けるのに対し、「ディーウェイブのシステムでは相互に結合している量子ビットの数が限られるため、32都市になると解けない」
その上で、量子ゲート方式だけでなく、グーグルが量子アニーラーについても自ら研究開発を進める理由について、「ディーウェイブのマシンのスペックでは、機械学習の処理を画期的に速くすることができないとみているためではないか」(田村氏)と推測します。実は、人工知能(AI)の一種である機械学習でも、変数の選択やデータのグループ分けなどに組み合わせ最適化問題が含まれ、その性能向上に量子アニーリングの手法が役立てられるとされています。
ともあれ、量子アニーラーも「スケーラビリティーや精度の点でもメリットを発揮しやすい」というデジタルアニーラも、実用面ではまだ緒に就いたばかり。日本発の新たなコンピューター技術の発展に、大いに期待したいところです。
(デジタル編集部・藤元正)
【以下の部分を修正】「これまでのように熱ノイズを加えるだけでは時間がかかるので、オフセットを加えることで谷間から早く脱出するようにし、最終的に基底状態に持って行くそうです。」
(2017/7/3 05:00)