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(2017/7/12 05:00)
「夢想小鎮」の大きなドリーム
数年前のことだが、「あなたの夢想は何でしょうか」と中国の中央テレビは街中の人びとにインタビューした。金銭至上主義で、「夢想」を忘れている中国人の初心を思い起こさせるための番組だった。
日本語でいう「夢想」はネガティブなイメージだが、中国語ではドリームをもってそれを実現させるというポジティブな言葉である。そして今の中国では、多くの若者の「夢想」は起業である。
杭州市西部に位置し、アリババの所在地から約2キロメートルの距離にある「夢想小鎮」は起業の「夢想」を支援することで、大きな注目を集めている。夢想小鎮は浙江省が打ち出している「特色小鎮」(コアとなる産業や特色のある資源を持ち、明確な発展ビジョンに沿った街づくりで知られる特定のエリア)の一つで、インターネット関連の起業育成に注力し、1万人の大学生起業家の育成を目指している。
夢想小鎮は2015年3月に始動し、インターネット村(「互聯網村」)とエンジェル投資村(「天使村」)から構成されている。前者は大学生(在学および大学卒業後10年以内の人が対象)を中心に、インターネット関連分野での起業を促進する。ベンチャーを立ち上げた大学生に対して、3年間無料のオフィスや相場より安い人材マンションを提供するなど、多くの優遇政策が用意されている。
エンジェル投資村はフィンテックの発展や、エンジェル投資、ベンチャーキャピタル、資産管理など起業から成長までの各段階をサポートする金融サービスの充実を重視している。さらに、ベンチャーの銀行融資に対する政府の担保提供も行われ、資金調達しやすい環境整備が進んでいる。
アリババの隣で起業のドリームを実現できることに惹かれ、スタートから17年3月までの2年間に、インターネット村に700件超の起業プロジェクトが集まり、約35億元(約560億円、1元約16円で換算)の融資を実現した。エンジェル投資村には約620の投資関係機関が入っており、約1350億元(約2.1兆円)の資本管理を行っている。
起業家は、中国トップレベルの浙江大学をはじめとする大学や研究機関の出身者、アリババ離職者を含めたアリババ関係者、さらに海外帰国組が多い。アリババの波及効果で、アリババ関係者は全体の3割前後を占めているという。海外帰国組の存在感も高い。
例えば、3Dプリンターに関連するサービスの提供をビジネスにしているSAMDI(杭州杉帝有限会社)は夢想小鎮で生まれたベンチャーである。創業者の龍芃江氏は89年生まれの元大阪大学の留学生で、いわゆる海外帰国組の起業家である。
「天の時、地の利、人の和」は孟子の言葉だが、現代中国でも成功するためには、この三つの要素が不可欠である。夢想小鎮は「双創」(大衆創業・万衆創新)推進という「天の時」、アリババなどがもたらしている「地の利」、集まっている「人の和」を擁し、今後も多くの人の起業ドリームを実現させるに違いない。
(隔週水曜日に掲載)
【著者プロフィール】
富士通総研 経済研究所 上級研究員
趙瑋琳(チョウ・イーリン)
79年中国遼寧省生まれ。08年東工大院社会理工学研究科修了(博士〈学術〉)、早大商学学術院総合研究所を経て、12年9月より現職。現在、ユヴァスキュラ大学(フィンランド)のResearch Scholar(研究学者)、静岡県立大グローバル地域センター中国問題研究会メンバー、麗澤大オープンカレッジ講師などを兼任。都市化問題、地域、イノベーションなどのフィールドから中国経済・社会を研究。論文に『中国の「双創」ブームを考える』『中国の都市化―加速、変容と期待』『イノベーションを発展のコンセプトとする中国のゆくえ』など。
(2017/7/12 05:00)