[ トピックス ]
(2017/7/6 05:00)
モノづくり変革を加速
3次元(3D)プリンターが製造業を変革する―。「一人一人にカスタマイズした商品」「消費地近くで必要な時に必要な物をつくる」といった効果が期待されながら、これまでは既存の生産手法に対しコストや生産速度などが不十分だった。米HPは新しい高速3Dプリンターの展開で、巨大な製造業市場の獲得を狙う。勝利をつかむか、ドン・キホーテとなるか。他社を巻き込む力がカギを握る。(梶原洵子)
射出成形・切削加工機の置き換え狙う
【滑り出し上々】
「射出成形機や切削加工機に取って代わりたい。今の小さな3Dプリンター市場ではなく、製造業全体を狙う」。米HPの3Dプリンティングビジネス担当プレジデントのステファン・ナイグロ氏は力を込めて語る。4月に大規模出荷を開始した米国では、1台目を購入後1―2カ月で2、3台目の購入を決めた企業もあり、滑り出しは上々だ。
基本的な生産速度やランニングコストは、射出成形など既存の生産手法にかなわない。だが、同社は3Dプリンターの生産速度を従来比10倍に高速化。金型が不要なことも併せれば、従来の射出成形に匹敵するトータルコストを実現した。
同社が、ある歯車の生産で試算したところ、同社の現在の3Dプリンターは5万5000個未満の生産では射出成形などよりコストが低い。次の段階では生産速度をさらに4倍にし、造形材料価格を引き下げる見通しも付けている。100万個レベルの大量生産にも3Dプリンターを使えるようになる。
生産を高速化できた理由は、新しい造形方法だ。主要素材となる粉体を薄く敷き詰め、表面に「エージェント」という液体材料を噴射し、造形物の断面図を描写する。液体には粉体を溶けやすくする成分が入っており、加熱すると液体で描画した部分だけ固まる。これを繰り返して重ねると立体ができる。
また、装置内の温度は、100点以上をモニタリングする。材料の硬化温度を緻密に管理して、工業製品に求められる安定した品質を維持する。
【材料を選べる】
米HPは「製造業の変革をリードする」(ナイグロ氏)ため、装置開発のほかに、3Dプリンター市場を広げる仕掛けをつくった。素材メーカーに造形材料の開発を促し、5年内に数百種に拡大する。ユーザーは射出成形と同様に材料を選べるようになる。
第三者による造形材料の開発を広げるため、同社は3Dプリンターで初めて、材料の開発環境をオープンプラットフォーム化した。仏アルケマや独BASFなど大手化学メーカー6社が参加し、50社が参加を交渉している。粉体材料を熱で溶かす手法のため、ガラスや金属材料を使える可能性もある。また、材料の種類の多様化に加え、競争による価格低減を見込む。
ユーザー側では、独BMWや米ナイキ、米ジョンソン・エンド・ジョンソン、電子機器受託大手の米ジェイビルサーキットなどが米HPの戦略パートナーとなり、各業界で3Dプリンターを使ったモノづくりを実践する。
例えば、自動車であれば、保守部品を3Dプリンターで生産すれば、在庫や金型の保管コストを減らせそうだ。医療では、個人に合わせたリハビリ用器具などを簡単に生産できる。使い方はアイデア次第で広がる。
米HPは、3Dプリンターと後処理装置の部品の50%は、3Dプリンターで生産した方が低コストになると試算し、順次置き換える。他社を巻き込み、大きなうねりをつくる。
【日本への期待】
製造業が国を支え、素材メーカーが多い日本への期待も大きい。日本HP(東京都江東区)の岡隆史社長は、「日本は製造業にかける思いが強い。ビジネスチャンスはある」と期待する。販売や顧客サポートでは、3Dプリンターの実績とノウハウがある武藤工業(同世田谷区)、リコージャパン(同港区)と協力を結んだ。「我々のビジョンに共感してもらえて、非常に短期間で合意できた」(岡社長)という。
数ある3Dプリンターで作成した試作品の中で、ナイグロ氏は黒い“輪っか”を手に取り、「一番のお気に入りだ」と話す。中に電気回路が入っている。チェーンの一部に使い、重みがかかった時のゆがみを測定するIoT(モノのインターネット)デバイスになる。
この輪っかは、回路の部分にだけ導電性のエージェントを噴射し、小さな立体の単位で物質の性質を変えることで実現した。同様に、部品内部に色の違うエージェントを使えば、部品を使用して表面が摩耗すると色が変わり、取り換え時期がわかる。
造形物を構成する小さな立体「ボクセル」単位で物質の性質を変えるには、3Dプリンターに使う“設計図”から変える必要がある。HPは、ボクセルを重ねて造形物をつくるフォーマットの利用を推進するコンソーシアムを主体的に運営し、フォーマットの進化にも取り組んでいる。
既存メーカーの戦略−試作から生産、顧客に寄り添う
現在、3Dプリンターの市場は、米ストラタシスや同3Dシステムズがリードしている。HPのような資本力のある大企業の参入は脅威ではあるが、業界関係者は「3Dプリンターへ注目が集まり、市場が活性化する期待がある」と見る。新しい造形手法で市場拡大を狙うHPに対し、ストラタシスなど2社は複数の造形手法に対応し、各顧客ごとに試作から生産までモノづくり全体に寄り添う考え。
顧客の声を反映した多様な3Dプリンターの開発にも積極的だ。ストラタシスは、縦方向に3Dプリンターユニットを3台連結したモジュールを開発した。モジュールを横に複数台並べて、専用のアプリケーションで管理して多くの造形物を連続生産する。また、フルカラーで造形物を作成する「J750」は、エポック(同台東区)の展開するキャラクター「シルバニアファミリー」の住宅模型の生産に採用された。塗装の必要がなく、細かな彫刻がつぶれないという。
3Dシステムズは、プロジェクターで広範囲に光を照射することで、光造形タイプの3Dプリンターを高速化した。例えば、個人に合わせた入れ歯を30分程度で作成できる。さらに、同プリンターを複数台連結し、ロボットによる搬送でさらに高速化し、量産工程での利用も狙う。
(2017/7/6 05:00)