[ オピニオン ]
(2018/2/9 15:30)
3Dプリントのハードにこだわらない理由
「我々は金属積層造形分野で包括的に全てのソリューションを提供できる唯一の企業だ。それに対し、シーメンスはソフトウエアにより重点を置いているように思う」。前回この欄で、米GEの金属積層造形(AM)事業部門GEアディティブの前のトップ、モハメッド・エテシャミ氏のこうした発言を紹介した。
米国とドイツを代表する製造関連企業である両社は、さまざまな産業分野で競合関係にある。GEと同様、シーメンスもまたデジタルモノづくりやデジタルサービスにシフトし、金属AM関連にも力を注ぐ。デジタル事業を強化する一連の買収戦略の中で、2016年には英ロールス・ロイスなどを顧客に持ち、金属AM技術による耐熱部品の製造に特色を持つ英マテリアルズ・ソリューションズを手中に収めたほどだ。
そのため、GEアディティブが独コンセプトレーザーを買収し、金属AMの「カスタマー・エクスペリエンス・センター」をシーメンスののど元のミュンヘンに開設したことに脅威を感じないはずはない。そこで、シーメンスで技術トップを務めるローランド・ブッシュ最高技術責任者(CTO)に直接、エテシャミ氏の発言をぶつけてみた。
まず、シーメンスが手がける金属AM関連での強みは何なのかを同CTOに質問したところ、「第一に材料科学の専門知識と幅広い素材を持っていること。第二にこの分野で重要な役割を担うソフトウエアを取りそろえ、設計・製品・金属の専門家もいる」と強調。やはり自前で製造装置を抱えるよりはソフトウエア重視の方向であるのは明らかのようだ。
さらに、エテシャミ氏が「シーメンスがGEの金属AM装置のユーザーになる可能性さえある」と豪語していたことを伝えると、ブッシュCTOは笑いながら「もちろん、そうだ。われわれは3Dプリンターにはあまりこだわらない」と答えてくれた。ただし、それが本音なのかどうかまではわからないが。
買収戦略でデジタル事業2ケタ成長
ブッシュ氏に話を聞いたのは17年12月15日のこと。この日にはドイツ南部バイエルン州ミュンヘンのシーメンス本社で、同社のデジタル事業説明会が開かれた。
説明会ではまず、ジョー・ケーザー社長兼CEOが、ソフトウエアとデジタルサービスからなるデジタル事業の17年9月期売上高について前期比20%増の52億ユーロ(約7000億円)に達したことをアピール。8%という業界平均成長率をも大きく上回る水準という。
45億ドルを投じて17年に買収した電子回路設計(EDA)ソフト大手、米メンター・グラフィックスの売り上げ貢献分を除いても11%の2ケタ成長で、「産業用ソフトウエアのビジネスは今後も伸びる」と同CEOは自信たっぷりに話す。
一方で、前9月期に52億ユーロだった研究開発(R&D)投資は、18年9月期に4期前の140%の水準の56億ユーロ(約7500億円)規模にまで拡大させる計画。そのうちR&Dで中心となるビジネス分野には、ヘルスケア、電力・ガスとともに「デジタルファクトリー」を一番に挙げた。
ブッシュCTOによれば、中でも同社が重点投資するコア技術は14におよび、AM、データ分析/人工知能(AI)、自律ロボット、ブロックチェーン応用、シミュレーション/デジタルツイン、パワーエレクトロニクス(電力制御機器)などが含まれる。
冒頭で述べた「シーメンスがAMでソフトウエア寄り」の理由は、まさにGEとの戦略上の違いを反映している。シーメンスはGEと異なり、生産システムやFA関連の事業を幅広く手がけるためだ。こと次世代のデジタルファクトリー実現に向けては07年の米UGS(現在の米シーメンスPLMソフトウエア)に始まり、米メンターといった有力CADソフトベンダーを相次ぎ買収、米ベントレー・システムズとも資本提携した
ブッシュCTOが「デジタル事業では『スピード・アンド・スケール』(速さと規模)がカギ」と話すように、製品ライフサイクル管理(PLM)ソフトウエアなど外部のコア技術の取り込みと統合化を矢継ぎ早に進めている。
変化に対応へ、170年目の大変革
こうした取り組みによって、理論的には最適な構造ながら切削では加工が難しい複雑な3次元形状の部材を設計し、金属AMならではのパフォーマンスを発揮できるCADソフトや、製品および生産設備のデジタルモデルである「デジタルツイン」を実現する解析・シミュレーション、それに設備の不具合を事前に予見したりできるクラウドベースのIoT基盤OS「マインドスフィア」などを提供。デジタルモノづくりにかかわる全てのプロセスをカバーし、そのプラットフォームを握ろうとしている。
とはいえ、GEともども、再生可能エネルギーシフトに伴う火力発電所向け大型ガスタービンの需要の落ち込みから、シーメンスでも発電機器事業でのリストラを余儀なくされている。かたや世界有数の鉄道車両事業では往年のライバル、仏アルストムと18年末までに事業統合、医療機器のヘルスケア事業も分離・上場を予定し、相対的に本体のデジタル事業の存在がいっそう際立つ格好だ。
ケーザーCEOはデジタル事業へのシフトを通じて、「今後5~10年の間に、これまでで一番イノベーティブで、一番の価値を創出する会社にする」と言葉に力を込める。その狙いは自社およびユーザーにとって「将来の変化をマネージし、積極的に適応できるイノベーティブな環境づくり」(同CEO)にある。昨年、創業170周年を迎えたドイツの老舗大企業の大掛かりな事業変革は、モノづくりで強みを持つと自認する日本企業にとって、遠い海の向こうの話とは言っていられない。
◇ ◇
次回は、ドイツの「インダストリー4.0」を支える基本概念のデジタルツインや、金属AMの利点をフルに引き出すジェネレーティブデザインについて、シーメンスやそのユーザー事例を紹介する。
(デジタル編集部・藤元正)
(2018/2/9 15:30)