モノづくり日本会議、ウェブ講演会「富岳:『アプリケーション・ファースト』の共同研究開発の重要性と、Society5.0に向けた発展」

(2020/9/22 05:00)

6月に発表されたスーパーコンピューターの性能ランキング「Top500」で見事、世界一に輝いた「富岳」。しかも省エネ性能のGreen500はじめ他のランキングも含め史上初の4冠という偉業を達成しています。「京(けい)」の後継機として理化学研究所と富士通が共同開発した富岳は単に演算処理速度が速いだけではありません。使い勝手の良さを念頭に設計され、幅広い分野での活用が期待されています。モノづくり日本会議による8月20日のウェブ講演会では、富岳の開発を主導した理研計算科学研究センターセンター長で東京工業大学特任教授の松岡聡氏が登壇し、富岳とその産業応用について熱く語りました。

「アプリケーション・ファースト」の設計思想貫く

理研計算科学研究センター センター長 東京工業大学特任教授 松岡聡氏

富岳の検討が始まったのは、前機種の「京」がちょうど事業仕分けにあった直後、2010年9月くらいから。私を含め関係者が集まり、次を考えなければということで、技術的な検討を開始した。そこでは実際のアプリケーションをいかに高速で動かすか、いかに幅広いアプリケーションに対応するかを一義的に考え、最初から設計思想に反映させてきた。その後10年に渡り研究開発を行ってきた。

4冠は史上初

富岳は19年に生産が始まり、最後の最後になって新型コロナ感染症の影響で設置自体が危ぶまれたが、何とか予定通り今年5月に最後の筐(きょう)体の搬入が完了した。それから2週間ほどしかなかったが、6月にベンチマークを動かし、ドイツで開催されたスパコン学会「ISC2020」のTop500で世界一になった。しかも一番有名なTop500だけでなく世界初の4冠と、性能環境のリストすべてで世界一を達成した。ただ単に世界一になっただけではなく、2位のマシンに比べて2・5―4・5倍くらい差をつけた。

11月には米国でTop500のランキングが発表されるが、もし我々がベンチマークをフルシステムで実行できれば、この差はさらに広がるものと確信している。

ただし、今回の富岳の世界一、4冠というのは、「アプリケーション・ファースト」の目標設定により達成できたわけで、その逆ではない。それでもベンチマークが重要なのは、単一のベンチマークだけはなく、全ての主要ベンチマークで1位を取ることが、幅広いアプリケーションでの高性能を間接的に示すこととなるからである。

まだ調整作業は続いているが、1年前倒しで実利用を開始し、特に新型コロナウイルス関連や、ほかの成果を創出するアプリケーション関連の利用をすでに行っている。もちろん「京」から受け継いだシミュレーションも高速に実行できるが、それだけではなく人工知能(AI)やビッグデータ処理、さらにクラウド利用に関するソフトウエアを充実させ、いわば最高性能のスパコンが全体の巨大なITインフラとして活用できる設計になっている。

クレイにCPU

まず富岳の一番の性能の源が、富士通と我々で今回開発した「A64FX」というCPU。米国製のサーバー用のトップクラスのCPUと比べてもハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)において約3倍の処理性能と約3分の1の省電力性能を持つ。今回、スマートフォンやタブレットのCPUとしても使われているアーム(Arm)の仕様を取り入れ、世界最高性能のアームCPUとして設計した。演算性能は最高3・3テラフロップス(浮動小数点演算を毎秒3・3兆回実行できる演算処理性能)で、メモリーバンド幅も大幅に向上させてある。CPUコアにはGPU(画像用演算処理装置)的な加速、いわゆるストリーム処理が行える仕掛けが入っていて、普通のCPUのような性能特性とGPU的なプロセッサーの特性を兼ね備える。富岳1台には16万個近いCPUが使われている。

アーム向けのソフトなら、Linuxもウィンドウズもそれこそパワーポイントまで動く。汎用性が高い一方で、シミュレーションやAI機能も大幅に強化した。これらすべてを生かすCPUを作ることは、まさにムーンショット的な目標と言える。このようなアグレッシブな開発目標について一民間企業で製品化まで持っていくのは難しい。やはり政府の国家プロジェクトとして、日本の英知を結集した開発体制を敷くことではじめて可能になった。

スパコンの省エネ性能を競うGreen500のランキングでも19年11月には富岳のプロトタイプ機がトップになったが、これまでのCPUマシンでは、GPUや特殊なアクセラレーターのマシンに勝てなかった。実はより応用範囲が狭いアクセラレーターがこれまでずっとスパコンの電力効率でトップを走ってきて、その差が3倍にも広がっていた。それを汎用CPUとして設計された富岳のテクノロジーが世界の頂点を極めた。いわばレーシングカーより速い「プリウス」を作ったようなものだ。

しかも、米HPE傘下のクレイが、スパコンにこの高性能CPUを採用することが決まっている。彼らが日本製のCPUを採用して外部にスパコンを販売するのは初めて。OS環境は富岳と違うものの、HPEクレイ製のスパコンがどんどん米国の機関に導入される見通し。今回のプロジェクトから派生したCPUが世界のスパコンやクラウドコンピューティングに利用されることで、日本の半導体産業の復権につながるのではないかと思っている。

ちなみに富岳より小さい同型機はすでに運用が始まっていて、名古屋大学では産業用も含めて全国の研究者が一般利用できる状況になっている。

産業応用、高まる期待

富岳は、グランドチャレンジ的な用途だけでなく、その使いやすさから、多くの産業用途で革新的な進化をもたらすことを目標としている。例えば節水トイレは世界的観点からすれば中東などの乾燥地帯で非常に重要だが、その設計は非常に難しく、かつ、シミュレーションもワークステーションなどでは歯が立たなかった。私が東工大で開発したスパコンTSUBAME(ツバメ)上で企業が行ったシミュレーションでは、99%の精度で実際の水の挙動と一致させることにはじめて成功し、さらなる効率化設計へ道を切り開いた。

富岳では、このような事例が、あまねくさまざまな産業で起こることが期待される。実際、計算科学研究センターでは富岳を活用する次世代の自動車CAEやタービン燃焼のコンソーシアムを主宰しており、さらに、土木や創薬などのコンソーシアムを通じて産業界と協力している。

強力なAI基盤

富岳は世界トップのAIインフラと比べても引けを取らない。よく日本はAIで劣勢と言われるが、企業が個別に取り組むのではなく富岳のような共通プラットフォームを使って連携し、さらに高度人材が集まってくることによって、AIの分野でGAFAに追い付き、追い越すことも十分可能だと思っている。

AIをシミュレーションによるモノづくりと組み合わせることによって、新たな世界が開ける可能性もある。特に多目的最適化の手法が非常に有効になる。新型コロナ対策で富岳によるウイルス飛沫(ひまつ)の飛散経路を予測するシミュレーションでも知られる計算科学研究センターの坪倉誠チームリーダーは、機械学習を使って物理シミュレーションを代替するサロゲートモデル(代理モデル)で、車の代理モデルを作った。自動車の空力シミュレーションを模倣するニューラルネットワークにより、パラメーターがまったく違う、低燃費かつ横風安定な車の形状を作り出した。

この先、デザインの美しさや人間の感情を統合して表現するサロゲートモデルが開発されれば、低燃費で横風安定、さらにデザインが美しい車を作ることも可能になる。

コロナ対策にも

コロナ対策でも、飛沫の拡散経路のシミュレーションによる感染防止対策のほか、治療薬候補の開発に役立てられている。理研にも在籍する奥野恭史京都大学教授の研究では、2128種類の既存薬について、新型コロナウイルスのメインプロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)に結合するかどうか分子動力学のシミュレーションを実施した。「京」で2000種類もやろうとすると1年くらいかかるが、富岳ではわずか10日で済み、最適化すれば2、3日でできるという。

21年4月からの富岳の本格運用では、企業の利用枠が「京」と比べてはるかに拡充される。クラウドやAIの機能を含め、産業界が使いやすいマシンとして活躍するだろう。しかも、富岳1台に留まらず、それらの結果として、需要が更に高まり、一般のクラウドインフラまでそのテクノロジーが広く何倍も波及することを期待している。

(2020/9/22 05:00)

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