自動車とカーボンニュートラル 「守り」と「攻め」両輪で【地球環境特集より】

(2021/8/18 05:00)

 カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の大潮流は自動車業界の競争ルールを大きく変え、メーカーにとって生き残りを賭けた闘いとなる。グリーンエネルギーの整備が遅れる日本において、サプライチェーンの裾野が広い自動車業界の道のりは険しい。また高コストな電気自動車(EV)への急速なシフトは自動車企業の体力をそいでいく。乗り越えるには官民や産業をまたいだ排出削減の連携と既存技術の使い切り、脱炭素社会を支えるエコシステム構築に向けた「守り」と「攻め」の取り組みがカギとなる。

野村総合研究所 上級コンサルタント 岩間公秀

温暖化防止に果たす役割

図1 自動車メーカー各社の電動化戦略・カーボンニュートラル目標

 CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)革命の真っただ中にある自動車業界において、自動車メーカーはこれまで「E」の電動化領域に最も注力してきた。特に各国・地域の環境規制対応に向け、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)、EVなどの電動車の投入を進めてきている。

 現に欧州が2020年に導入した新CO2規制では、罰金を払わざるを得ないメーカーも出てきているほど規制は厳格化されてきており、各メーカーは積み上げてきたブランドローヤルティーの維持や企業としてのレピュテーション(評価)を下げないためにも必死に対応している。

 カーボンニュートラルはこの状況にさらに追い打ちをかけるように自動車業界に対して厳しい競争を強いると同時に、競争ルールを大きく変えようとしている。

 これまでの電動車投入による走行時のCO2排出削減に加え、「生産」から「廃棄」までの全プロセスでCO2削減を求めるライフ・サイクル・アセスメント(LCA)競争にゲームチェンジさせていく。

 これを受けて世界各国の自動車メーカーでは、電動化戦略に加えてカーボンニュートラルを戦略目標に掲げる動きが出てきている(図1)。グリーンエネルギーの整備が追いついていない日本に事業基盤を持つ日系勢にとっては至難の戦いとなる。

取り組むべき3課題

 この状況をいかに打破していくべきか、筆者は大きく三つの方向性で取り組むべきだと考える。まずはCO2排出量の多い工程から優先的につぶし込んでいく必要がある。

 フォルクスワーゲン(VW)によると、現在、グループ全体で4億5518万トンのCO2を排出している。そのうち最も多いのが走行時、次いで多いのが素材・部品製造となっている。さらにEVの素材・部品を製造するサプライヤーの内訳(図2)をみると、バッテリー製造によるCO2排出が大半を占め、次いで車体用などの鉄鋼製造となっている。

図2 EVのサプライチェーンにおけるCO2排出量

 そのため、今後EVシフトが徐々に進み、走行時のCO2排出がなくなることを想定すると、脱炭素化のカギになるのはEVに充電する電気のグリーン化、およびバッテリーと鉄をはじめとする素材の脱炭素化である。いずれも完成車メーカー単独では解決し得ない課題であり、官民一体かつエネルギー産業や素材・部品産業の連携のもと推進しなければならない。

 二つ目は既存技術の使い切りである。水素とCO2の化学反応で製造する合成液体燃料(e―Fuel)により、HVやPHVを長く使うことや、水素を燃料とする水素エンジン搭載車両を実用化させていく。

 前者は50年時点で走行する内燃機関を含む全ての車両に対応する可能なアプローチである。また既存の給油インフラを使い続けることができ、何より日本が培ってきた内燃機関の産業競争力を維持しながら、EVや燃料電池(FC)の技術が成熟するまで自動車業界は体力を温存することができる。

 三つ目は脱炭素社会を支えるエコシステムの構築である。クルマを社会インフラの一部とみなし、電動車の保有機能を使って脱炭素社会や街づくりに貢献する新しいビジネスを創造していくことである。例えば稼働する複数のEVを動く「蓄電池群」として捉え、地域においてエネルギーを無駄なく利用するソリューションや、脱炭素に向けて消費者の行動変容を促すモビリティーサービスなど、カーボンニュートラルに向かう社会との調和を図るビジネス展開が期待される。

 19年の世界のCO2排出量は330億トンであり、大手自動車メーカーはサプライチェーン全体で1%強を排出している。それだけに自動車メーカーが地球温暖化防止に果たす役割は大きい。今後、日系自動車メーカーには国際社会の中でこれらの「守り」と「攻め」の議論をリードし、国際的なルールづくりにも積極的に関与していってもらいたい。そして次の100年の業界リーダーとして世界を先導役となることを期待したい。

(2021/8/18 05:00)

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