標準必須特許 ライセンス交渉のポイント(1)標準規格、権利所有者にルール

(2022/11/17 05:00)

公平・合理的・非差別的条件で

 トヨタ自動車や日産自動車、ホンダといった日本の自動車メーカーが、コネクテッドカー(つながる車)に搭載される部品の通信規格のライセンスに関してAvanci(アバンシ)との特許ライセンス契約の締結を発表したことが記憶に新しい。Avanciが自動車メーカーにライセンスを許諾したのは、3G、4Gといった通信規格に関する標準必須特許である。

 IoT(モノのインターネット)の発展により様々な機器がつながるようになり、あらゆる製品に通信機器が搭載されるようになった昨今では、自動車業界だけでなく他の業界においても、特許のライセンス交渉に当たって、標準必須特許に関する知識がますます重要になっている。そこで標準必須特許に関する論点を全10回(隔週)で解説する。第1回では標準必須特許に関する論点を理解するに当たって必要な基本的な事項を説明する。

 まず、標準必須特許とは何なのか。標準必須特許とは、標準規格の実施に不可欠な特許のことを言う。英語でStandard Essential Patentと表記するため、頭文字を取ってSEPとも呼ばれる(以降SEPと表記)。SEPを理解するに当たっては、標準規格についても理解する必要がある。

 標準規格とは、ある製品やサービスの利便性等の向上や普及を目的として、関係者間で取り決められた当該製品やサービスに関する仕様のことである。例えば通信分野においては、具体的な通信方法などが標準規格として取り決められており、これによってユーザーは使用する機器が異なっていても、お互いに通信することが可能となっている。

 一方、標準規格に採用される技術は、特許として権利化され得る技術でもあり、特許権者は、当該技術(発明)の実施を独占することも可能である。標準規格と特許は、いずれもイノベーションの促進に貢献するという点では共通しているが、標準規格は技術などをできるだけ広く普及させようとするものであるのに対し、特許は技術を公表する代償として独占権を付与するという点で互いに異なる性質を備えるものだ。

 このような事情から、標準規格を定める標準化団体では特許権の取扱いに関してのルールを定めている。このルールはIPR(Intellectual Property Rights)ポリシーと呼ばれている。IPRポリシーでは、標準規格を策定する議論に参加する企業が標準規格に組み込もうとする技術を特許として権利化している(または将来権利化する)場合、その参加者に対して、当該特許を他者に公平、合理的、かつ非差別的な条件でライセンス供与を行うことの宣言を義務付けていることが一般的である。

 この公平、合理的、かつ非差別的な条件は「Fair、 Reasonable And Non―Discriminatory」の頭文字を取ってFRAND条件と呼ばれている。つまり、SEPを所有する権利者は、標準規格を実施しようとする者に対してFRAND条件でライセンス供与しなければならず、これによって、標準規格にSEPが組み込まれた場合でも、標準規格が広く利用可能となるとともにSEPの権利者にとってはライセンス収入の機会を得ることが可能となっている。

 なぜSEP問題が近年注目されているのか次稿で解説する。(隔週掲載)

特許庁総務部企画調査課課長補佐 川原光司氏

東京理科大学理学部卒業。2013年、特許庁入庁後、主に半導体技術の特許審査に従事。その他、AI関連発明の審査事例の作成やAI関連発明の出願動向調査に携わる。2022年7月から現職にて、標準必須特許を巡る問題を担当。

(2022/11/17 05:00)

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