標準必須特許 ライセンス交渉のポイント(2)IoT発展「通信」で問題鮮明に

(2022/12/1 05:00)

異業種間では「合意」難しく

 第2回に当たる本稿では、標準必須特許(SEP)を取り巻く問題がなぜ近年注目されるかについて解説する。SEPの問題は通信技術に限った話ではないが、理解のしやすさから、通信技術を取り上げて解説する。

 SEP自体は何十年も前から存在していたが、近年になってSEPが注目される理由の一つとして、IoT(モノのインターネット)の発展によってSEPのライセンス交渉の当事者が変化していることが挙げられる。

 これまではSEPのライセンス交渉において、権利者も実施者も通信業界の事業者であることが多く、同じ業界の事業者間でのライセンス交渉であったためクロスライセンスによる解決が可能だった。クロスライセンスとは当事者がお互いの持っている特許権などの知的財産権を交換するように、相互にライセンス許諾し合うことである。

 つまりSEPの権利者が実施者の侵害を疑う場合であっても、権利者も実施者も同じ業界なので、実施者もSEPを持っていたり、権利者にとって価値のある特許権を持っていたりすることがあり、当該特許権とSEPとをクロスライセンスすることで、紛争に至る前に解決することができた。これ以外にも、権利者と実施者が同じ業界であればライセンス交渉の進め方やライセンス料率の相場観がおおむね一致しているので、紛争に至ることが比較的少なかった。

 一方、昨今ではIoTの発展によりさまざまな製品に通信機器が搭載されるようになり、SEPのライセンス交渉において、通信業界の事業者だけでなくそれ以外の業界の事業者も実施者として参加するようになった。権利者と実施者が異なる業界の事業者だと、権利者にとって価値のある特許権を実施者が持っていることは少なく、クロスライセンスによって解決することは困難である。

 また、業界が異なれば、ライセンス交渉の進め方やライセンス料率の相場観も違ってくる。さらにはSEPの標準必須性、すなわち、当該特許が標準規格の実施に必須であるかの判断も困難になる。

 ここで標準必須性の判断について補足する。特許権者は、標準規格を策定する過程の中で、自身が保有する特許がSEPであると考える場合、標準化団体に対してその特許を報告するが、この際、実際には標準必須でない特許が含まれてSEPとして報告されることは避けられない。これは、SEPの報告をする時点では、標準規格がまだ確定しておらず、また、特許権も出願又は審査段階にあることが多いためである。

 標準化団体も本来SEPとして報告されるべき特許が報告されず、規格に採用された技術が使用できなくなる事態を避ける観点から、標準規格に抵触する可能性のある特許についてSEPとして幅広く報告することを求める傾向にある。そのためSEPとして報告された特許の中には実際には標準必須ではないものも含まれている。

 標準化団体は報告されたSEPが実際に標準必須かどうかの判断は行わず、それらは権利者と実施者とのライセンス交渉において当事者間で判断されることになる。通信業界以外の業界の事業者も実施者としてライセンス交渉に参加するようになったが、当然のことながら、そのような事業者にとってはSEPが実際に標準必須かどうかの判断を行うことは困難である。

 こうした背景から異業種間でのSEPのライセンス交渉は当事者間で合意に至ることができないものが増え、その結果、SEPの問題が注目を集めるようになってきている。次稿からSEPのライセンス交渉の具体的な論点について解説する。(隔週掲載)

特許庁 総務部企画調査課課長補佐 川原光司氏

東京理科大学理学部卒業。2013年、特許庁入庁後、主に半導体技術の特許審査に従事。その他、AI関連発明の審査事例の作成やAI関連発明の出願動向調査に携わる。2022年7月から現職にて、標準必須特許を巡る問題を担当。

(2022/12/1 05:00)

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