標準必須特許 ライセンス交渉のポイント(3)欧州司法裁判所「枠組み」示す

(2022/12/15 05:00)

両者に“誠実”な交渉促す

 前稿までは、標準必須特許(SEP)のライセンス交渉のポイントを理解する上での前提知識として、SEPを巡る課題と背景について説明した。本稿からは、SEPのライセンス交渉での論点を紹介することとし、本稿では、誠実交渉の重要性について解説する。

 SEPに限らない一般的な特許権の侵害訴訟においては、権利の侵害が認められれば、特許権者は、原則、その侵害の停止または予防を求める差し止め請求権を行使することができる。

 一方で、標準化団体が定めるIPRポリシーにおいては、SEPの保有者に対して、SEPを公平、合理的、かつ非差別的な条件(FRAND条件)で他者にライセンス供与する旨を宣言(この宣言をFRAND宣言と呼ぶ)することを通常求めている。

 そのため、SEPに係る特許の侵害訴訟においては、実施者がFRAND条件のライセンスを受ける意思を有し、誠実に交渉する場合や、SEPの保有者がFRAND宣言に基づき誠実に交渉していない場合には、各国の裁判所は、FRAND宣言されたSEPの保有者による差し止め請求権の行使に制限を加えている点でおおむね一致している。

 換言すれば、SEPに係る特許侵害訴訟に至った場合に、差止めが認められるかどうかは、ライセンス条件がFRAND条件であったかどうかも含め、それまでの両当事者間の交渉態度が誠実であったかどうかが考慮された上で決定される。

 例えば日本では、Apple対Samsungの事件での知財高裁判決において、SEPの保有者がFRAND宣言をしていることに照らせば、SEPの保有者は、民法上の信義則に基づき、実施者との間でFRAND条件でのライセンス契約の締結に向けた交渉を誠実に行うべき義務を負担すると解されるとした上で、FRAND宣言されたSEPの保有者が、FRAND条件によるライセンス契約を締結する意思のある者に対して差し止め請求権を行使することは、権利の乱用に当たり許されないと示されている。

 では、ライセンス交渉がどのように行われれば、誠実に交渉したと認められるのか。標準化団体は、FRAND宣言されたSEPが実際にFRAND条件でライセンス契約されているかどうかは判断しない。例えば、標準化団体の一つである欧州電気通信標準化機構(ETSI)は、ETSI事務局はライセンス交渉に関与しない旨公式に示している。従ってライセンス条件がFRAND条件であるかどうかは、まずはライセンス交渉の中で両当事者によって判断され、当事者間でライセンス条件に合意が得られない場合は、裁判所で判断されることもある。

 ライセンス交渉の進め方は、当事者間で個々のケースごとに、特許が実施されている国の法律や裁判例などを考慮して判断される必要があるが、特に後の裁判でも参照されているのが、Huawei対ZTEの事件における2015年の欧州司法裁判所の決定である。本決定では、特許権者と実施者のそれぞれがライセンス交渉の各段階で取るべき対応を整理し、両当事者間の「誠実な交渉の枠組み」が示されている。各国の裁判所の判断が必ずしもこの枠組みに基づいて行われるものではないが、この枠組みは、特許権者がFRAND宣言に基づく義務を満たし、実施者が差止めを受けるリスクを最小化し、両者の誠実な交渉を促進する考え方として有用であると考えられている。

 次稿では、この「誠実な交渉の枠組み」で示されたライセンス交渉の各段階における論点について解説する。(次回は1月5日に掲載します)

◇特許庁総務部企画調査課課長補佐 川原光司氏

(2022/12/15 05:00)

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