(2023/2/14 17:00)
【座談会メンバー】
■唐土庄太郎氏(中央) 金属技研株式会社 技術開発本部 生産推進センター 営業課営業係 主務
■石坂真吾氏(左) カシオ計算機株式会社 技術本部 企画開発統轄部 企画部 第一企画室
■天野正男氏(右) カシオ計算機株式会社 技術本部 機構開発統轄部 第一機構開発部 第1外装開発室 リーダー
お集まりいただきありがとうございます。本日は金属加工や積層造形といったモノづくりの分野で第一線を走る金属技研と、電卓や時計などさまざまな精密機器の製造・販売を手がけるカシオ計算機の技術が融合した「G-SHOCK」40周年限定モデル「MR-G MRG-B2000GA 月山-GASSAN-」の発売を記念し、二社の担当者による座談会を実施いたします。まず、カシオ計算機の石坂氏と天野氏に製品の概要についてお話いただきます。
よろしくお願いします。MR-GというモデルはG-SHOCKにおける最上位のモデルです。MR-Gシリーズは、国内の製造拠点である山形カシオの高額製品専用ライン「PPL」で、ムーブメント製造から製品組み立てまでを行っています。海外生産が主流の状況の中、「ジャパンメイド」であることに意義を持たせ、日本ならではのモノ作りをしたいと考え、日本の誇る「伝統の匠の技」と「先端技術」を融合させることで新しい価値観を創造することを目指しています。今回の「月山-GASSAN-」は刀鍛冶の名門「月山」の日本刀をテーマにしたモデルです。その主な特徴は刀匠 月山貞伸氏による匠の技、バンド駒への化粧鑢(やすり)・銘切りと、時計のベゼル(文字板の外側にあるリング)に施した「月山刀」特有の刀身の波型模様「綾杉肌」です。この綾杉肌を表現するにあたり、先端技術分野において高い技術力を持つ金属技研の技術を採用しました。
「綾杉肌」をこの部品に表現するために採用したのは、金属技研の積層造形とHIP(熱間等方向加圧加工)処理の技術です。積層造形の段階で模様パターンは決まってしまいます。ただ、HIP処理を施すと模様領域が処理前から多少の変化を起こします。処理を施すことでどこがどう縮み、どう変化するか、金属技研からアドバイスを受けながらデザインなどの補正を行いました。トライアンドエラーを繰り返し、目指すデザインにまとめあげることには苦労しました。
伝統と最先端、二種類の技術によって誕生した本製品ですが、金属技研を選ばれた理由はなんでしょうか。
金属技研の技術は以前から注目していました。今回、月山貞伸氏の協力を受けて製品を作る企画を進めていましたが、ベゼルの綾杉肌の模様を作るのに、金属技研の有する積層造形やHIP処理といった技術が最適と判断しました。
製品化したモデルで採用された金属技研の技術で、他社にない優位性はなんでしょうか。
独自のノウハウと技術です。当社はもともと熱処理技術を起点としております。積層造形と一口に言っても、その中では熱処理やHIP処理、機械加工といったさまざまな技術が必要になります。今回のプロジェクトでは、「カプセルHIP」という粉末焼結をはじめ、複数の技術でカシオ計算機の要望をクリアすることができました。
部品の強度を求める注文は前々からありましたが、模様まで求められたのは今回が初めてでした。これまでは工業用部品を手がけることが多く、今回はカシオ計算機の要望を受けてから、ベテランの技術担当者とも話し合いを重ねました。HIP処理による粉末焼結では、粉末の充填率や条件が重要になります。部品も粉の充填法などの工夫をこらし、ただ造形機を持っているだけではできない独自のノウハウと知見を生かして、はじめて形にすることができました。
モデルにはチタン素材を使用しています。
さきほど、金属技研にベゼルの綾杉肌を積層造形で作ってもらったことについて話しましたが、模様を光らせ、見やすくしているのは「結晶化」という別の処理になります。結晶化の条件が異なる2種類のチタン素材を、金属技研の積層造形とHIP処理を用いて接合し棒状にしたものを納入していただきました。その棒材からベゼル形状に削り出し、熱処理と化学処理にて結晶模様を浮かび上がらせます。金属技研様はこちらが求めた品質のものを納めてくれたので、望み通りの綾杉肌を実現する事ができました。
「Ti-6Al-4V」という比較的軽量な素材を採用しており、「チタン素材を使いたい」というカシオ計算機からの要望に応えることが出来ました。もともと積層造形が可能な材質としてTi-6Al-4Vを持っており、これまでは主に航空宇宙事業向けの部品製造などで使用していました。この素材と加工技術を有していたことが、今回のプロジェクトにつながりました。G-SHOCKに携われたことは、とても大きなインパクトがあります。私自身も採用されたと聞いたときは驚きました。
これまでもMR-Gシリーズは主にチタンで作られています。サイズが大きい製品なので、普通の時計のメイン素材であるステンレスでは製品が重くなってしまいます。チタン素材での製品展開を進めるなかで、うまく加工できる技術を見つけることができました。
今回のプロジェクトで刀匠の月山氏を選ばれた理由を教えてください。
G-SHOCKは「常識へのチャレンジ」の姿勢のもと、「落としても壊れない腕時計を開発しよう」という挑戦から開発が始まりました。MR-Gもその精神を継承し、様々な商品開発にチャレンジして来ました。一方、月山貞伸様も日本で800年続く刀匠の名門としての歴史の重みを持ちながら、新しいことへ積極的に挑戦する姿勢を持っていらっしゃいます。その伝統を守りながらチャレンジする姿勢はG-SHOCKのスピリッツに合致すると考えてオファーしたところ、快く引き受けてもらえました。
今回のモデルは、綾杉肌の他にも「月山」の特色が出ています。
刀には「茎(なかご)」という持ち手の部分に、刀の柄から抜けないようにギザギザをつける“鑢(やすり)目付け”と言われる加工が施されています。その作り方は流派や刀匠によって異なりますが、「月山刀」ではこのギザギザの筋を一本一本、のこぎりのように引いて刻んで作るのが特徴です。今回のモデルは、刀身の綾杉肌だけでなく、この「茎」を時計のバンドを形成する「駒」に施しました。また刀匠の座右の銘にちなんだ「鍛錬」と言う文字も切ってもらっています。鑢目、銘切りは月山氏の手仕事で、すべて一点物です。ベゼルに入れた綾杉肌は、月山刀の綾杉肌模様を月山氏監修のもと時計に合うようにデザインしています。
両社がつながることができた経緯を教えてください。
積層造形技術が航空宇宙、医療、金型等をはじめとする産業応用で話題になっていたころ、時計の部品で積層造形技術を展開できないかと金属技研も含めた積層造形メーカーを探して評価していました。金属技研は積層造形に加えて、品質安定のためのHIP処理もセットで扱えます。そこが採用の決め手になりました。この金属技研の技術を活用すれば今回のプロジェクトを立ち上げられると考えました。
企画の開始当初は、金属技研の技術とは別の技術で刀の模様を作ろうとしていました。しかしなかなかうまくいかず、製品の企画締め切りが近づいてきたタイミングで、「金属技研の技術を使えばできるのでは?」と気づくことができました。
弊社の業務はB to Bが主となり、製品として一般のお客様の目に直接触れるものを作る機会が多くないため、今回G-SHOCKという時計の代名詞とも言えるブランドに携わることができたのは、大変貴重な経験となりました。
今回の製品の量産に際して、ベテランだけでなく新人社員も頑張ってくれました。カプセルHIPを行うための工場をはじめ、一連のスケジュールの調整に尽力してくれました。新入社員にとっても、仕事上での良い経験にもなり、自分の仕事の結果が目に見える形になったことは本人としても嬉しかったと思います。
今後、2023年2月に行われる展示会「TCT Japan」などで今回の実績も含め、積層造形やHIPなどの各要素技術単体だけではなく、それぞれ組み合わせて、お客様のニーズにお応えできる技術力をアピールしていけたらと考えています。採用活動の面でも大きく貢献することを期待しています。
カシオ計算機として、協力パートナーを選ぶ基準はなんですか。
基本はやはり、信頼と品質です。その企業が持つ技術が当社にマッチするのか、信頼を築けるのかが肝要になります。金属技研には基礎開発の段階からスピーディーに対応してもうらことができました。今回のベゼルに関しても、すぐにはうまくいきませんでしたが、結果が出てから短時間でその結果への対策案を提示してくれたのは、そうしたメーカーが少ないので、とても助かりました。
私たちの商品はお客さまに納得してもらうことができる技術力です。一回二回の失敗でも、対策案を提案できる強みがあります。
今回のプロジェクトで得られた知見は、今後どういったところで生かされますか。
はっきりとしたことはまだ答えることはできませんが、すでに新たな挑戦に動いていて、金属技研に工夫してもらっています。
最上位モデルを出す一方で、腕時計を付けない人口も増えています。どのようにお考えでしょうか。
最近の家電もそうですが、なんでもできる実用性主体の製品ではなく、一芸に秀でた製品が売れていますよね。何か一つでも飛び抜けた特徴がないと買ってもらえない時代なのかなと考えています。時計も同じかなと思っています。何かしら秀でている個性を持たせて、そこに魅力を感じていただける人の手に届けられれば、新しい市場が開けるのではないでしょうか。
日本を代表するカシオ計算機と、日本の産業界をけん引する金属技研。それぞれの歴史と技術が重なって、今回の製品が誕生したことがわかりました。両社を起点に、日本が世界と戦うことのできるモノづくり・コトづくりが展開されることを、これからも期待しております。本日はありがとうございました。
(2023/2/14 17:00)