(2023/2/16 05:00)
ボトムアップ・トップダウン使い分け
前回説明したとおり、標準必須特許(SEP)のライセンス条件のうちロイヤルティー(ライセンス料)は「ロイヤルティーベース(算定の基礎)× ロイヤルティーレート(料率)」によって算出されるが、今回はこのうち料率を巡る議論について紹介する。
適切な料率の算定方法についてはさまざまな考え方があるが、裁判例においてよく用いられる考え方として、個々のSEPの価値を独立に評価した上で、それらを積み上げて料率を算出する考え方(ボトムアップ型)と、特定の標準に関するSEP全体が算定の基礎に対して貢献している範囲を算定し、その後、SEP全体のうちライセンス交渉の対象となっているSEPの価値が占める割合を評価することで個別の料率を算出する考え方(トップダウン型)がある。
ボトムアップ型のアプローチでは、既存の比較可能なライセンス契約を参照して個々のSEPの価値を評価する場合があり、具体的には、同じ特許権者によるライセンス契約や、同一または類似の標準についての他の特許権者によるライセンス契約などが参照される。
この際、既存のライセンス契約が比較可能なものであるかどうかの判断においては、例えば、ライセンス契約が同一または類似の特許に係るものであるかどうか、ライセンス契約が類似の支払い形態をとっているかどうか(例えば、一括払いかランニング方式かなど)など、既存のライセンス契約が締結された状況(契約内容や交渉経緯など)が考慮され、一般に、既存のライセンス契約が締結された状況が、当事者が現在置かれた状況と近いほど、既存のライセンス契約が参照される合理性が増すと考えられる。
また、料率を算定する際の参考として、標準規格に関するSEPの一部を対象としたパテントプールが存在する場合、そのパテントプールにおける料率と比較することもある。ただし、パテントプールでは、交渉・契約・ロイヤルティー管理などが効率化されていることを考慮して、相対的に低いロイヤルティーが設定されていることがある点、留意が必要である。
一方、トップダウン型のアプローチでは、特定の標準に関するSEP全体が算定の基礎(最終製品や部品など)に対して貢献している範囲(算定の対象に対する寄与率)に基づき累積ロイヤルティー料率を算出し、その後、SEP全体のうちライセンス交渉の対象となっているSEPの価値が占める割合を累積ロイヤルティー料率に乗じることによって、個別の料率を算出する。多数の特許権者が別個にロイヤルティーを要求する場合、それらが累積し、標準を実施するためのコストが過度に高くなってしまうことがあり得る。この問題は「ロイヤルティー・スタッキング(ロイヤルティーの累積過剰)」と呼ばれ、特定の標準に係るSEPが多数の特許権者により保有されている場合に起こり得る問題である。
トップダウン型のアプローチでは、特定の標準に関するSEP全体が算定の基礎に対して貢献している範囲が料率の上限となるため、こうしたロイヤルティー・スタッキングを回避する上で有用であるという意見がある。なお、SEP全体のうちライセンス交渉の対象となっているSEPの価値が占める割合を評価する際に、より正確に個々のSEPの価値を反映するため、個々のSEPの重要性に応じて重み付けを行うこともあるが、個々のSEPの価値を正確に分析することは実際には困難であると当事者が考える場合には、個々のSEPの価値を等しいものとして扱うこと(Pro Rata)もある。
ボトムアップ型とトップダウン型の2つのアプローチは、相矛盾するものではない。より信頼性の高い料率を算定するために、両方のアプローチを組み合わせ、それぞれの算出結果を比較することもある。例えばボトムアップ型のアプローチを使う場合でも、ロイヤルティー・スタッキングを回避する観点から併せてトップダウン型のアプローチによる算定を行い、ロイヤルティー・スタッキングが生じないかどうかをチェックすることが有益な場合もある。個別の状況に応じ、それぞれのアプローチを用いて最適な料率を検討することが重要である。(隔週掲載)
◇特許庁総務部企画調査課課長補佐 川原光司氏
(2023/2/16 05:00)
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