講壇/イノベーション活かすも殺すも制度次第 産学連携推進機構理事長・妹尾堅一郎

(2023/8/7 05:00)

アジャイル統治が必須に

「イノベーション、活(い)かすも殺すも、制度次第」。これは私が発案・使用しているキャッチフレーズだ。正確には、インベンション(革新的技術)をイノベーション(社会価値とモデルの創新・普及・定着)まで持ち込むには制度的対応が必須、という意味である。もちろんイノベーションは、通常、「技術・制度・社会文化」の3点がそろわなければならない。技術だけではないのだ。もし法的整備などの制度対応が遅れてしまうと、イノベーションが中途半端になってしまいかねない。また社会が文化的に受け入れないと、中途半端になりイノベーションは挫折する。

日本では、一つの法律を作るのに10年以上かかることもまれではないという。すべての国民に関わる制度を慎重に検討することは当然だ。だがイノベーション関連の法整備に時間がかかると、産業や経済に大きなリスクやダメージを与えかねない。なぜなら、イノベーションとは「無法地帯や未法領域の創出」のことだからである。新しい開拓領域を従来の法体系で縛ったままにしてしまうと、新産業は生まれず経済は進展しない。電気自動車(EV)から飛行ロボット(ドローン)まで、人工知能(AI)からバイオ創薬まで、多くの先進領域は法整備がなかった新領域だ。

そんな中、対話型生成AIが登場した。米オープンAIの「チャットGPT」などが恐ろしいまでの進展を見せている。先日の先進7カ国首脳会議(G7サミット)でも早急に適切な規制をする合意がなされた。

  • 「チャットGPT」などの生成AIが恐ろしいまでの進展を見せている(ブルームバーグ)

他方、パンデミック(世界的大流行)や大災害もケタ違いになると予測される。

急激に変容する社会では、確実だがスローな従来のガバナンス(統治)では手遅れになりかねない。さらに一度決まると次の改革までに時間がかかるガバナンスでは、急速な社会の変化に対応できない。そこで迅速かつ(強権専制的ではなく)民主的に対応するガバナンスモデルへの転換が必要とされる。この認識に基づいたガバナンスモデルが、経済産業省が提案する「アジャイルガバナンス(迅速なる統治)」である(筆者も検討委員の一人)。

では、アジャイルガバナンスに求められることは何か。法的な議論は別にして、ビジネス観点でみると重要なポイントは3点ある。

一つは「迅速着手・先行主導」。つまり「グズの大忙し」になるな、ということだ。次に「探索学習と試行錯誤」で、「やってみなはれ」ということである。そして「合わせ技」。特に、法律(ハードロー)のみならず、標準や認定・認証、ガイドラインや申し合わせなど(ソフトロー)に至るまで、多様な制度的手段を迅速に組み合わせ・駆使することが求められるのだ。

このように「素早く・探索学習的に合わせ技を駆使する」形のガバナンスが必要とされる。旧来のガバナンスを前提とした問題・課題への取り組みではなく、その取り組み方そのものを革新していく「ガバナンス自体のイノベーション」が志向されるのである。今後、多くの領域、特に産業やビジネス、特にサーキュラーエコノミー(循環経済)に関しても、アジャイルガバナンスは必須なのだ。(次回は早稲田大学政治経済学術院教授の深川由起子氏です)

【略歴】せのお・けんいちろう 慶大経済学部卒業後、富士写真フイルム(現富士フイルム)勤務を経て、英ランカスター大学経営大学院博士課程満期退学。慶大大学院(SFC)教授、東大先端科学技術研究センター特任教授などを歴任。企業研修などを通じて、イノベーションや新規事業開発などの指導を行っている。69歳。 

(2023/8/7 05:00)

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