モノづくり日本会議、オンラインセミナー「『持続可能なものづくり』の根本を考える―サステナビリティ時代の経営学」

(2020/7/6 05:00)

産業界でSDGs(国連の持続可能な開発目標)への関心が高まっている。こうしたトレンドを受け、モノづくり日本会議は5月28日に、「『持続可能なものづくり』の根本を考える―サステナビリティ時代の経営学」と題したオンラインセミナー(ウェビナー)を開催した。講師は「企業と社会」論、サステナビリティ・マネジメント、ソーシャル・イノベーションなどの研究の第一人者である早稲田大学商学学術院商学部教授の谷本寛治氏。折からのコロナ禍で社会が混乱し企業経営も大きな痛手を受けているが、だからこそ持続可能な社会づくりに向けた企業の本気度が問われている。

早稲田大学 商学学術院商学部教授 谷本寬治氏

SDGsブーム

ウェビナーで講演する谷本氏

ここ数年SDGsはブームである。少し前にはCSR(企業の社会的責任)ブーム、その前にはNPOブームもあった。時代ごとにさまざまな議論があり、それを負担と感じるか、新たなビジネスチャンスととらえるか、対応が分かれる。

SDGsブームはCSRブームと異なり、政府が旗を振り、経団連や地方自治体も関わり、多くの日本企業が自分たちの得意の技術を使って取り組みをみせている。CSRと違って経営のあり方が厳しく問われるわけではなく、乗りやすいと言えよう。

また、最近「ステークホルダー資本主義」という言葉がよく聞かれる。会社は誰のものか、という議論は5年から10年ごとに繰り返し行われてきた。金融危機や、行き過ぎた株主資本主義への批判が出てきた時に、会社は株主だけのものではなく、従業員や顧客、社会のものである、といった議論がなされてきた。

コロナ禍の時代に、またそうした話が出ている。ステークホルダー資本主義とはただ社会に貢献する活動を行うことではない。株主利益を上げるためにもステークホルダーに配慮した経営を行い、企業をトータルにとらえていくことを意味する。これらは時代と共に繰り返し議論されてきた。

もう一つ「トリプルボトムライン」という言葉もある。経済的な利益だけのシングルボトムラインでなく、環境、社会を含めて企業を評価すること。これら三つの要素が絡み合った新しい資本主義システムを作っていくということであるが、これを提唱したJ・エルキントン氏は、現状は成功していないと述べている。

日本では1990年代以降、法人間の株式の相互持ち合い関係が崩れて海外の機関投資家の持ち株比率が高まったり、働く人と組織との関係も変わってきたり、企業とステークホルダーの根本的な関係が変化してきた。企業の行動をウオッチするNGOの影響力も大きくなり、不祥事に対する厳しい反応も出てきた。2000年代に入って海外から日本企業にCSRを求める動きが強くなってきた。

もっぱら国内市場を見てきた企業は、当初受け身の対応で、CSR経営の制度化は進んでも、なかなか社内に根付いてこなかったと言える。

ところで、SDGsを「持続可能な開発目標」と訳すことが多いが、日本語では「開発」という言葉には開発途上国への支援といったイメージがある。「持続可能な発展」は、先進国にも求められることだ。それは、将来の世代の能力を低下させることなく現在のニーズに沿って発展させること、と定義されているが、さらに先進国と途上国という視点も大事だ。かつてはグローバル化が広がれば地球全体が豊かになる、といったバラ色の見方があったが、現状は途上国が必ずしも利益を享受できていない。

また持続可能な発展の議論の中身も変わってきた。80年代後半から地球環境問題が活発に議論されてきたが、90年代半ばからは貧困や人権といった社会的な問題も同時に問われるようになってきた。

SDGsの考え方は急に出てきたわけではない。92年のリオの国連環境開発会議はエポックメーキングなサミットであった。そこでは「アジェンダ21」として、先進国・途上国がそれぞれ課題に取り組むこと、各国は持続可能な発展を目指すための国家戦略を策定することが盛り込まれた。

その10年後、ヨハネスブルクでは環境問題だけでなく「持続可能な発展に関する世界サミット」として、経済・社会の問題も同時に議論するようになった。NGOも共に参画するようになった。

さらに10年経過して2012年に再びリオで開かれたサミットでは、企業の代表も入りマルチステークホルダーで議論するようになった。その間、2000年には途上国の貧困問題がクローズアップされ、15年間の目標・ミレニアム目標としてMDGsが掲げられた。その後、新しい目標を継続的に作る必要があると考えられるようになった。その際に貧困など社会的問題だけでなく、環境・経済をトータルに考え、三つの領域が重なるような形でグローバルに議論する必要がある、ということでまとめられたのがSDGsだ。

EU(欧州連合)では2000年代に入り経済的繁栄・環境保護・社会的統合を確かにするための議論が重ねられ、持続可能な発展に関する国家戦略を立ててきた。さらに国連の場で各国が参加し、15年にSDGsが採択された。共通の目標であるSDGsを踏まえ、それぞれの国に特有の課題に取り組むために、市民は生活の中でどう行動し、企業は技術力を生かしてどう貢献できるかを議論するようになってきた。

経済性含めたESGに

次に持続可能なモノづくりに求められることについて考えておきたい。ESG(環境、社会、ガバナンス)の観点は、責任あるビジネスを行っている企業を評価する際に必要だが同時に経済性も含めてトータルに評価することが求められている。環境や社会の問題は経済の問題と切り離せない。それはコロナ禍の時代においてより重要性を増す。

環境、労働・人権の問題にしても、本社における取り組みだけではなく、関連会社、さらにサプライチェーン全体を見ないといけない。バリューチェーン全体を通して、調達から廃棄までとらえる必要がある。例えば、欧州では二酸化炭素(CO2)がどれくらい排出されたかを計算し価格をつけるカーボンプライシングといった考え方が影響力を増している。そうしたシステムを消費者や投資家が見て、企業価値を評価するようになってきた。

製造業では、資源から輸送、生産、流通、販売とプロセスごとに、どのようなステークホルダーが関係し、どのような経済、環境、社会の課題があるかを明らかにし、戦略的に取り組む必要がある(図参照)。例えばスイスの製薬会社ノバルティスは、早い段階の01年頃から、バリューチェーンにおいてCSRの課題や、重要なステークホルダーは誰であるか、といったことを検討している。

マルチステークホルダーとの連携を

近年CSRのイニシアチブが、マルチステークホルダーによって取り組まれている。例えば、パームオイルの持続可能な生産と供給のための円卓会議(RSPO)がある。農場や製油業者、メーカーのほか、環境NGO、金融機関、投資家、小売りなど関係するステークホルダーが一緒になって規格を作り、関係機関に働きかけている。また、SAI(ソーシャル・アカウンタビリティー・インターナショナル)は、SA8000という働く人々の安全から人権・労働条件などに関する規格を、マルチステークホルダーで策定し実施している。

グローバルガバナンスのあり方は、ここ20年くらいで大きく変わってきた。政治的・経済的に強い国がリードするのではなく、関係するステークホルダーが連携しながらスタンダードを作り、チェックする体制を構築している。日本企業は積極的にこのプロセスに関わることが大事だ。

マルチステークホルダーのあり方についての研究はまだこれからであり、ベストな方法があるという訳ではない。ステークホルダー間にも力や情報に格差が存在する。また各企業レベルでも様々なステークホルダーとのエンゲージメントが重要になっている。何のために、誰と、何を、どのように議論するのかを明らかにすること。単なる対話にとどまらず、課題解決、イノベーションへのヒントを得ることなどが期待されている。

(2020/7/6 05:00)

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