[ オピニオン ]
(2016/12/8 05:00)
12月6日の産業春秋欄に、銀座のソニービルのことを書いた。来年4月の取り壊しが決まり、それまで「It's a Sony展」という特別イベントを開催している。有名ならせん状のフロアをぐるぐる回って上がったのは、十数年ぶりかもしれない。それだけソニーの魅力が途絶えていた証のようにも思えた。
ずらりと並んだ創業以来の代表製品は、戦後日本の音響・映像・情報機器の歴史と呼ぶにふさわしい豪華なものだ。平日にもかかわらず、熱心に説明を読む老若男女が少なくなかった。しかし少年時代から多くの製品を買い、また担当記者として長く取材させてもらった自分には、やや物足りなく感じられる部分もあった。
日本の家電はアナログでは世界に並ぶものがなく、黄金時代を築いた。その後、デジタル化に遅れて撤退を重ねた。ソニーの誇る「世界初」の製品群の多くは、アナログ王国の敗北の歴史でもある。
そうした中でも、ソニーは自らが「革新的な企業」-かつて同社幹部から聞いた言葉だと「イケてるデジタルメディア企業」だという姿勢を崩さなかった。対外的にはまだしも、社員自らがそう信じ込んでいた節がある。そのせいか、彼らの中には”負け”を直視することを嫌う様子がある。
「It's a Sony展」では、自律型エンタテインメントロボット「AIBO」を試作品から最終製品まで並べ、またゲーム機「プレイステーション」も歴代マシンを展示する充実ぶり。それに比べて家庭用ビデオ録画機「ベータマックス」は、ごく初期の2機種と、録画専用の「ベータムービー」のみ。携帯録音・再生機で一時、日本標準となり、生前の大賀典雄氏が「マイ・サン(我が息子)」と誇ったMD(ミニディスク)も目立たなかった。
どちらも結果的に競争に敗れた規格だ。しかしベータの基本性能の高さや、他方式では実現できなかったトリックプレイ、光磁気(MO)記録技術をいち早く採用したMDの先進性こそが、ソニーらしさではなかったか。
かつてのソニーの取材の印象は、ひたすらに真面目で不器用で、技術の話になると際限なく説明を続ける技術者と、やたらスタイルにこだわるマーケティングや企画の担当者に二極化するのが特徴だった。どちらが「It's a Sony」なのかは分からない。ただ、その両方ともが次の時代を見いだせなかったことが、ソニーの苦境を招いた。ソニー復活は「いい格好」を捨てて敗北を認め、それを克服するところから始まるに違いない。
そう思いながら会場を回り、隅の方の機器を見つけて、やや異なる印象を持った。「HiTBiT」ブランドのパソコンや、光ディスクのないHDD録画機「クリップオン」。ソニーがいち早く開発し、市場投入した製品は少なくない。ある時期までのソニーは、試行錯誤を恐れない企業だった。その遺伝子が今に受け継がれているなら、きっと新しい芽が出てくるだろう。
ソニーの「いい格好」の象徴ともいえる東京・銀座のソニービルは解体後、しばらく広場型の「ソニーパーク」として運用するという。いずれ再建する考えはあるそうだが、すぐには建て直さないことに、今のソニーの”踊り場的状況”をみることができる。
勝てる技術と製品をみいだした時に、新たなソニービルを建設し、世界に発信してもらいたい。その時期を、楽しみに待とう。
(論説副委員長 加藤正史)
(2016/12/8 05:00)